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嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

お久しぶりです。

ブログもだいぶ間隔が空いてしまいました。バタバタと忙しい中、何とか目の前の一つ一つを乗り切る日々です。

ブログの間隔が空きやすい原因を自己分析したところ、長い内容を「その1」「その2」と区切って書こうとすると、「これを書きたい!」と思った瞬間に「でも、この前の続き書いていないしなあ。。それ書いてからか。。」と億劫になってしまうからだ、というのがよくわかりました。なので「その2」「その3」はまた気が向いたときに続きを書くか、長くてもまとめて書こうかな、と思っています。

この間、プルーストの『失われた時を求めて』を全て読み終わり、本当に様々な面で感銘を受けたのですが、その中の一節(岩波文庫版だと11巻)で「平板な内面や感情や思想のままに、どこまでも遠く、宇宙の果てにまで我々が旅をしたとしても、私達がその遥か彼方で見られるものはその平板な内面や感情に見える程度のものでしかない。だからこそ、私達は平板な感情や内面や思想を鍛えなければならないのだ。」というものがありました。

プルーストがこう書いていたのは今回初めて知ったわけですがこの言葉にはかなり思い入れがありまして、まさしく僕自身が10代から自分自身について悩み、そのような薄っぺらな自分をどのように少しはまともなものにしていくのか、ということだけをただただもがいていたときに、まさにこの言葉を恩師が文章として書いていたのに感銘をうけたことをよく覚えています。

プルーストもこう書いていたことを不勉強ながらこの年になって初めて知り、感じる気持ちは「あの名言、元ネタあったんかい!」ではなく、自分の言葉にできない悩みを何とか言い表している先人はいないかともがきにもがき続けた結果として恩師は長い長いプルーストまで読まざるを得なかったのだな、という感動でした。結局我々が勉強を生涯し続けざるを得ないのは、自分の感じたり考えたりするこの世界への違和感を人類の歴史の中で先にそれを掘り当てては苦しみ、もがいた先人がいなかったのか、という探究のためです。それは知的好奇心といった浅薄な動機のためではなく、良心的に生存しようとし続けるためには、探さざるを得ないのだと思っています。

それはまた、職業訓練や子どもの立身出世のために社会からは何となくフワフワ肯定されてしまっている「教育」という試みの副次的効果でもあると思っています。受験のための勉強をきちんと身につけていくためには、とりあえずわけのわからないまま暗記をしたり盲目的に練習することではなく、しっかりと理解し、自分の言葉で説明できるようにしていくことが一番の近道です。しかし、この近道も受験を通るため、で終わるのであればあまり大した意味はないことなのでしょう。誰が勉強ができるようになり、誰が立身出世をしようと、それが人類に新たな知見をもたらすかどうかは極めてあやしいことです。所詮は階層移動が少し活発になることくらいでしょうか。(もちろんその程度の風通しの良さすら、徐々に失われていっているのが今の日本社会ではあるわけですが)

しかし、そのように意味を考えたり自分の言葉で説明していけるように、という習慣自体はキリのないものです。そのような習慣はやがて、当たり前とされている学説、芸術、社会の有り様、人間関係その他諸々に対して疑いを持つようにさせていく力をも持っています。そのようにして教科書が書き換わり、常識が書き換えられ、社会はより包摂を目指してしんどいことも考えていくようになります。そのようにして人間は進歩をし続けるしかないのですが、その原動力、というのは結局人間の良心的生存のための探究心であり、そしてそれは「意味はわからないけどとりあえず覚えよう」というしぐさとは対極の学習習慣がその入口になるのだと思っています。

さて。僕自身も塾に通ってくれる子たちに少しでもより精密な答を答えられるようにするためには、必死に勉強をし続けるしかありません。それは受験勉強の内容のことでもあり、またこの社会や政治、学問、芸術のことでもあり、さらには死を運命づけられた我々人間という存在者が生きることを選ぶ理由にどのようなものがあるのか、という根本的なことまであります。子どもたちのその純粋で真剣な問いに、自分自身がお茶を濁した解答をしないで済むように、愚かな僕は勉強をし続けなくてはなりません。先にプルーストの書いてくれたような「薄っぺらな内面が薄っぺらな内面を疑うことなくどこまでもそれを拡張していったのが人類の歴史であり、フロンティア獲得運動である」というかなり正しい定義に対してもまた、それに疑問を感じた先人を伝え、その人達の書いた言葉を伝え、作品を紹介し、その上で我々はその(in vitro をin vivoへ、あるいは地球的常識をその外へと、延長し外挿できると信じる)一面的な取り組みの結果として発達した科学技術の恩恵を受けて豊かな生活が出来ている自分の人生をどう生き直していくのか、という難題への僕なりの答を、絶えずバージョンアップし続けていかねばならないのだ、と思っています。(ちなみに僕の人生を通じての最推し劇団、劇団どくんごのブログ名は「そのころ地球では」です!!たった8文字で、「辺境としての地球」という必要な相対化を見事に表現しているのは、さすがどくんご!としか言いようがないです!今年はそんな劇団どくんごの2年ぶりの公演が10月に鹿児島で!!)

こうした諸々を考え合わせれば、僕のような浅学非才のものにこんな難しい仕事ができるわけがない、としか思えないのですが、しかしそれは僕自身の能力とは関係なくやらねばならないことである以上、やはり死ぬ瞬間まで諦めずに少しでも自身の「平板さ」を乗り越えられるように、必死に取り組んで行きたいと思っています。

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争点化というごまかしについて。その1

まずは自身の失敗談から。上の娘がお腹にいる頃、今から19年前くらいの話からです。

出産に向けて様々な準備をしていこうと色々と調べているうちに、うちの奥さんは血液型がRH(ー)なので、胎児がRH(+)だと血液型不適合妊娠が起きてしまうおそれがある、ということに気づきました。それを防ぐためには抗D免疫グロブリンという血液製剤を注射するわけですが、それを出産後72時間以内には必ず打つマニュアルに当時からなっていたのですが、妊娠中の感作を防ぐために欧米では念の為妊娠後期(28週)にも打つ(トータル2回打つ)ことが当たり前になっているということも調べていてわかりました。

一方でその頃の日本の病院ではその28週でも打つのはあまり一般的なやり方ではなく、僕らがお世話になっていた産婦人科でも出産後72時間で打つのみというやり方が主流でした。そのやり方はやはり確実では言えないのではないか、と僕が不安になり、妊婦健診で担当してくださっていた医師にも交渉をしたところ、「出身大学の産婦人科にも問い合わせて確認したが、そこでもやはり28週には打っていない」と渋られました。そこでその医師に欧米と日本でRH(ー)の血液型の存在比が大きく違うことを示した上で、「日本ではそもそもRH(ー)の妊婦の存在比が少なすぎるからこそ、たとえその妊娠後期でのグロブリン投与をしていなかったとしても問題にはなりにくいのではないか。欧米のやり方がすべて正しいわけではないが、RH(ー)の妊婦の存在比がはるかに多い欧米でスタンダードになっている方法を取るのがやはり「万全を期す」ということなのではないか。」と説得し、その医師にも了解してもらい、結局28週に打ってもらうことになりました。それが理由かどうかはわかりませんが、血液型不適合妊娠は結局起きず、無事に出産を終えることができました。(今で言えばモンスターペイシェントですね。。本当にすみませんでした。)

その後、日本産婦人科医会でも妊娠28週でのグロブリン投与はRhガイドラインで明記されるようになりました。推奨度も段々と上昇しているようで、あのとき要求したことが的外れではなかったのは(モンスターペイシェントながらも)よかったとは思っています。

というのを塾ではたまに話したりしていました。ただ、これを(お恥ずかしいことに)「俺SUGEEE!!」という自身の慧眼についてのエピソードとして話していたのですが、年を取って考え続けていくうちに、これも一種の「争点化」にすぎなかったのかな、と反省する部分もでてきました。

コストとベネフィットを比べてみれば、あそこで28週に免疫グロブリンを打たない(自費診療なので3万円くらいしました)という選択肢もある。実際にそれを打たなくてもなんともなかった可能性の方がむしろ大きかったかもしれない。安全な出産のためにはその費用ぐらい出したい!という気持ちももちろんある。とはいっても、実際に母子感作が起きたとしてもそれはその当時の医学的常識では「仕方のない」結果であったと言えるし、医療訴訟で医療ミスを争ったとしても間違いなく負けるはず。もちろん僕自身、たった一度の出産をそのように確率を考えることで「これが起きちゃったら仕方ない」と言わないためにあらゆる可能性を尽くしたかった、というのはあるとして、しかし、その「あらゆる可能性」はもっと他のことではなかったのか。たとえば病院の近くに住んで通院時の事故リスクを下げるとか(これはもちろん実行しましたが。)その他諸々あったはず。その中でなぜ、僕がこの28週でのグロブリン投与にこだわったのか。そこに母子を心配する以外の動機がなかったと果たして言えるのだろうか。

上の段落でごちゃごちゃ書いたように、僕の対応が最適解であるかどうかは(それが日本産婦人科医会のガイドラインにその後採用されてきたとしてもなお)、わかりません。そのわからないことの中で、僕がその方向性を選んだのには「これは争点化できる!」といういやらしい自己演出の動機がなかったとは言いきれないのです。もちろんその自己演出が母子の安全な出産とは矛盾する方向になされているのであれば、本当の人でなしであり、僕が基本的には情が薄い人間であるとはいえ、さすがにそこまで人でなしにはなれないのですが、しかし、母子の身体を安全へと近づける方向を徹底して目指した上で、そういういやらしい動機が本当に少しもなかったのか、様々なことを調べていてこの事実に気づいたときに、このような主張をすべきであるということを自分の存在意義として喜ぶ気持ちがなかったのかといえば、やはり、ありました。この事実に気づいたときに僕は血液型不適合妊娠による感作をどう防ぐか、という妻や子への不安や心配だけでなく、出産に関して無力な自分の存在意義を少しは見つけられたといういやらしい気持ちがありました。

このような「争点化」は虚栄心からなされるものです。そしてそれは自己の存在理由を客観性をもって主張するための格好の材料として実行されるものです。研究において、様々な論文が先行研究の中での自身の研究の位置づけを最初に主張するのもこのいやらしい「争点化」と同じです。それは必要なことであるし、またそのいやらしさを通じて人類が発達してきたということもまた事実だと思います。ただ、一方でそれが卑しい行為であることもまた認めねばならないと思っています。「誰もこれを主張していない!」と気づいたときにそれが目の前の人の幸せに繋がるかどうかだけでなく、それは社会的に意義のあることだ、ということまで考えてしまい、「争点化すべきだ!」と考えてしまう自分がまさに卑しさの塊であるのです。(もちろんこのような卑しさからでなく、義憤や問題意識からまだ社会の中で取り組まれていない課題に取り組み、虐げられているもののために命がけで人生を費やし、そして報われなくてもそのように必死に取り組み続けて道半ばでなくなっていく人もいます。研究者にもまたそういう人もいるでしょう。しかし、最初はそうであったとしても、それをずっと続けることはできません。真心や義憤、初期衝動から始まったはずの社会改良運動や研究や創作が、いかにそれ自身を自己目的化しては当初の「魂」を失った後もあたかもそれが燃え続けているかのように振る舞いつつ、続けられていくのか。ベルクソンはそのことを辛辣にも的確に書いていましたが。)

という点では研究者は全て卑しいのです(偏見)。また、芸術家だって全て卑しいのです(これまた偏見)。新しいものを探す、他と差別化する、この世界の中での存在意義を作ろうとする、ということには絶えずこのいやらしさが伴います。ということをJ.J.ルソーも『学問芸術論』で言いたかったのだと思っています(あまり理解はされていませんが)。知性というのは不誠実でいやらしく、目の前の人を真剣に心配しているときもなお、遠くを見つめているものであるのだと思っています。それ故に人間は進歩してきたという事実があるとしても、知性のこのいやらしさを正当化できるわけではありません。この知性偏重社会においては、知性が長い目で見て生み出すリターンに目がくらみ、目の前の一つ一つに対しては不誠実であることを正当化しようとしてきた、という全体の方向性なのではないか、と思います。もちろん「自然に帰れ!」と言ったって仕方ないし、そもそもそれは間違っている(そしてルソーもこんなこと言ってない)わけですが、このいやらしさ、不誠実さを結果から正当化しない、ということもまた知性がその価値を保つために残された最後の一線であるように思っています。

そしてこうした知性のいやらしさ、すなわち「争点化」への意欲は政治において、顕著な形で失敗として現れてくるのだと思っています。

さて、政治においてこの「争点化」といういやらしい動機がどのように政治をダメにしていくか、ということを書こうと思ったのですが、いつもどおりまた長くなってしまいましたので、続きはまた次回に。政治においてこそ、この「争点化」といういやらしい動機が激しく機能しては内ゲバを生み出し、どうでもいいことを争点として仕立て上げていく、ということを次回は何とか書いてみたいと思います。

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ゼットン。

『シン・ウルトラマン』が今日から公開!ということで、何とか時間を作って見に行きたいと思っています。ウルトラマンシリーズにさして詳しいわけではないし、特に最近のウルトラマンとかまったくわからないのですが、初代ウルトラマンには強い思い入れがあるからです。

僕は文字の読み書きを初代ウルトラマンのテレビ絵本で覚えました。幼稚園に上がる前の2歳くらいの頃だったでしょうか。僕の母親がひらがな・カタカナまじりのこのテレビ絵本で、「この文字は○○だよ〜」みたいな感じで書き込みながら教えてもらった覚えがあります。その後からは一人で本を読み始めるわけですが、この文字を覚えるために最初に何回も読んだ初代ウルトラマンの絵本のストーリーは僕の心をとても強くとらえました。

(ストーリーを知らない人にはネタバレですが)
地球を守るウルトラマンが最後はゼットンという怪獣に敗れて死んでしまい、今までウルトラマンに頼って科学特捜隊のメンバーが「自分たちは今までウルトラマンに頼ってばかりだった。しかし、自分たちが頑張ってゼットンを倒すしかない!!」と決意して新開発された武器で見事ゼットンを倒し、ハッピーエンドになるわけです。

この結末に僕はいたく感動しました。「死ねば全てが無くなる。このように感じたり考えたりしている自分すら無くなる。」ということに気づいてはひたすらそれが怖くてどうしようもなかったその頃の僕にとって、一つの生きる希望が見えたように思ったのです。ウルトラマンは敗れて死ぬとしても、その勇気や地球の人を守ろうとする心はたしかに科学特捜隊のメンバーに伝わり、彼らの依存心から彼らを脱却させ、そして死んでも彼らの心を動かしたことが、彼ら自身がゼットンを倒すという結果に繋がった。自分もこのように誰かに思いを伝えて死ぬことができるのなら、いずれ死ぬ自分の命にも少しは意味がある!!」と。(もちろん、その当時こんなにしっかり言語化出来てたわけではありません。)

そして、幼児なりの拙い言葉で、一緒にその本を読んでいた僕の母親にかなり真剣にこう言いました。

「僕もこのウルトラマンのように死にたい!!」

と。

その気持ちがわかってもらえると信じて疑わなかった当時の僕に対して、僕の母親はめちゃくちゃ強い言葉でそれを否定しました。

「何言ってるの!!!命が一番大事なの!!死んじゃダメでしょ!!!」

と。そこで僕は、自分の気持ちというのは率直に話したとしてもたとえば(この四六時中一緒にいる)母親とすらわかりあえないことばかりなのだな、ということを人生で初めて学びました。その落胆した気持ちを今でも強く覚えています。もちろんこれはある意味仕方がないことです。当時の母親を責めるつもりは毛頭ありません。

ただ、人と人とはどんなに近しかろうとわかりあえない、という当たり前の事実も、僕の人生にとってはこの時が出発点になっていて、そのわかりあえないことをどのように伝えていくか、逆にどのようにそれでもわかろうと努力していくか、ということだけのために僕は今までも、そしてこれからも必死に勉強を続けるしかないのだ、と思っています。

それと共に今の自分が今この瞬間にゼットン(?)に殺されたとしても、それでも人々に残り、何かしら考えてもらえたり動いてもらえたりしていけるような何かを伝えられているのか、というのを日々チェックしていなければならない、とも。生きるというのは難しいことです。「これを伝えられたらもう死んでもいい!」という甘えにも、あるいは「今は雌伏のときだから伝えられるか伝えられないかはとりあえず目の前を生き延びてから考えれば良い。」という甘えにも、どちらにも陥り続けないように選択をし続けていかなければなりません。

あるいはそもそも僕があのとき発した「僕もこのウルトラマンのように死にたい!」という拙くはあるけれども魂からの叫びを、僕自身があのときの母親と同じように「そうはいってもね…。」と軽視しては潰してしまっていないか、というリスクも、人を教えるという仕事をしていれば必ずつきまとうものです。目の前の彼ら彼女らの(拙い言葉を通じての)魂の叫びを、言葉の拙さや彼ら彼女らが見据えている概念や思想が僕の中にはまだ存在していないが故に反論したり言いくるめたりして、彼ら彼女らの魂を殺してはいないだろうか。このことにもまた、自信はありません。そのような失敗も実際多くしてきたのだと思います。しかし、そうした失敗に気づき、少しでも次の機会にその抑圧に加担しないためにも、必死に勉強を続けなければならない、と思っています(ということで、僕にとっては勉強は趣味や喜びではなくて、死ぬまで逃れることの出来ない義務でしかないと思っています)。

と、初代ウルトラマンは僕にとっては思い入れの強い作品なので、『シン・ウルトラマン』も是非見たいと思っています。

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共犯関係について。

忙しくしていたら、もう5月!!本当に時間が立つのは早いです。またぼちぼち書いていこうと思います。

さて、おかげさまで塾も体験入塾の申込みをたくさんいただいて、ありがたい限りなのですが、「よーし!1からまた一人一人をコツコツ鍛えていくぞー!」と思って、基礎的なものから積み上げていく勉強を説明しては進めていくのですが、これがまた、誰も入塾してくれません。。「こんな簡単なことやっても、全部わかってるんで…。」と言われまくりです。そのくせ、細かく突っ込むと全然答えられないのですが、そういうところは自分ではなかなか気づかないんですよね。。

ということで、前回もこういう記事を書いて、最近の高校の課題や小テストがいかにひどいか、それをやっていても生徒は何も力がつかないか、ということを告発したかったわけですが、分量はともかく、生徒のレベルにあっていない課題が跋扈しているのは、実は高校生の「難しい問題集繰り返してれば、そのうちできるようになるだろ。」という甘くて幼い考え故でもあります。その点では高校の先生だけを責めていてはダメで、そのような浅はかな考えをもつ高校生との共犯関係である、とも言えます。(まあ、中高生なんてとにかく楽するためにサボることしか考えてない生き物なわけですから、それを諭しては必要な勉強へと目を向けさせるという努力を教師がしていないことはやはり教師の側に責任が大きいようには思いますが。)

と、こう書くと、「難しい問題集をやろうとしてるんだから、サボるつもりじゃないじゃん!」とか「大量の問題を解くんだからサボるつもり無いじゃん!」という反論もでてくるのでしょう。しかし、これらの姿勢はそれらの難しい問題集が自分に本当に今必要な勉強であるのか、ネットやYOUTUBEで拾った受験情報を鵜呑みにしているだけではないか、さらには日々解いているときの違和感に対して、自分でそのままの勉強を続けてよいのかの疑いを持てているかどうか、という点において思考停止をしています。「難しいものを大量に解けば力がつくはず!!」という安直な判断をしている時点で、考えることを放棄している、と言えるのです。

ここにはさらに、「難しいものにチャレンジするのはいいことだ」という謎理論があります。なんかそういうチャレンジ精神評価してよ、という甘えた態度もあれば、自分が難しい問題集をやっているからこれを完璧にすれば受かるはず!と信じやすいというのもあるでしょう。これらはすべて、「負けたとしても健闘はした。」という言い訳を先に準備しては、どのように勝つか、を最後まで諦めずに必死に考え抜いていない、とも言えるでしょう。

あるいは他の受験生が難しい問題集を解いていることにビビっては、自分も難しい問題集を解かねばならない!という動機もありますよね。この場合、他の受験生が難しい問題集を解いている(そしてその受験生がその科目で優秀である)ということに甘えては、それが今自分にとって必要な勉強であるかどうかを考えていない、ということになります。

結局、教材のレベルではなく、自分のレベルがどうであるか、が問題であるのです。もちろん簡単なレベルであれば理解が足りておらず説明もできないのに、見様見真似で練習したので何となく答は出せる、というレベルの子たちが、「じゃあこの問題集は『完璧』だから、次の問題集に行きまーす!」というステップアップをした時、とたんに「何もわからない…。」となってしまいます。それはステップアップした後の問題集がよくわからないのではなく、そもそも自分では「解けるから完璧!」と思っていた問題集や参考書も、しっかりとわかっていないが故のそのような失敗です。

だとすれば、どうしたらよいのか。もちろんステップアップしてみて、やっぱりダメならまたレベルを下げて戻る、という手もあります。嚮心塾でもそういうやり方をしていたときもあるのですが、そうすると「こっちは解けるんですよね〜。」で終わります。結局は、どのレベルまで落とし込まねばならないのか、「解ける」と「わかっている」と「人に隅々まで説明できる」はぜんぜん違うレベルであり、その「人に隅々まで説明できる」というレベルにまで落とし込んでいかなければ結局入試会場で使えるレベルにはならない、ということを早くから叩き込むしかないのでは、というのが今の所の結論です。

そして、そのような意識や見る目を早くから備えることは、必ず学習効率をその後も大きく上げることになります。
そのような姿勢を身につけるまでに多少時間がかかったとしても、そのような姿勢を身につけた上で積み重ねていく勉強の定着度の高さは、必ず「説明できるかっていったらあやふやだけど、解けるから次行こ〜!」とあやふやなまま進めたときよりも結局は学習効率がはるかに高くなります。

だからこそ、そのように見る目を変えること、解けることはわかっていることではないことを一生懸命説明しながら伝えていこうとするのですが、なかなか伝わらないことが多く難しいものです。

そしてこれは、結局そのような指導を中高生がなかなか受ける機会もないままに、大量の問題を解かされるだけの授業を受けてきている、ということに原因があるように思います。彼らが「解けるからわかってる!」と浅はかにも思考を止めようとするときに、「いや、待て。君はまだ何もわかっていないんだよ。」と彼らの運動方向と逆向きの力をかけて、負の仕事をしていかねばなりません。これが、嫌われるし、めんどくさいし、その意味もわかりにくいし、ということで先生方もやりたくないのでしょう。そうして浅はかな中高生が大量生産され、勉強ができないままに終わっていくのだと思っています。

そうした共犯関係を断ち切っては、しっかりと一つ一つ身につけていくためには掛けるべき手間を惜しませないように、日々生徒と対峙し、嫌われながら教えていきたいと思います。

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2022年度受験を振り返って(その7)

M・K君(海城高卒)  慶應義塾大学理工学部合格(進学先)
他合格校:横浜国立大学理工学部、慶應義塾大学経済学部、上智大学理工学部、東京理科大学工学部

<登場人物>

・天使

 嚮心塾に通っていた元生徒。性格は穏やかである。

・悪魔

 天使と共に嚮心塾に通っていた元生徒。性格が悪く、ネガティブな発言が多い。

・仙人

 天使と悪魔の先輩的立ち位置。貫禄がある。



|・ω・)ノ[始]------------------------------------------------[始]



2022年、春のとある日

天使「僕たちと一緒に卒業したみんなはもう合格体験記を書き終わっているよ、早く僕らも書かないと!」

悪魔「何言ってんだよ、そんなん後でいいだろ。そもそもあいつらの合格体験記は、ただ自分語りしてるだけで、『お前の人生には興味ないんだよ!!』ってなるからつまらないんだよ。」

天使「そうかなあ、僕はみんながどんな人生を歩んできたか知れて面白かったし、これから嚮心塾に入ろうとしている人からしたら、どのような人がどのようにして合格したのかは知りたいんじゃないかと思うよ。」

悪魔「それはそうかも知れんけど、私はそういうのを書くのはごめんだぜ。」

仙人「フッフッフぅ!それならワシにいい考えがあるぞぉ!お主ら2人が嚮心塾に通ってみて良かったと思うこと、よくなかったと思うことなどについて話し合うところをそのまま台本形式で書けばいいのじゃ!それならおかたい文章が読めない人でも読みやすいじゃろ?」

天使「たしかに、それは良さそうですね!」

悪魔「でも私はそんなの書きたくねーよ。仙人が書けよ!」

仙人「フッフッフぅ!しょうがないのぉ、じゃあまず天使からしゃべってくれ。」

悪魔「おい!勝手に順番決めんじゃねーよ!嚮心塾の悪いとこの一つは、校舎が古いところだな。」

天使「もう、勝手に飛ばさないでよ。確かに大手予備校とかは校舎が綺麗なところが多いけど、嚮心塾が凄い汚いわけじゃないし、そもそも僕らは合格するために塾に行くわけだから、校舎の見た目で塾を選ぶのは間違っているよ!」



ここで仙人は魔法を使い悪魔の口のチャックを閉める。

悪魔「◎△$♪×¥●&%#?!」

仙人「フッフッフぅ!順番を守らなかった罰じゃ!天使よ、次こそしゃべってくれ。」

天使「そうだなあ、僕の思う嚮心塾の強みは授業がないことだと思います。僕はもともと授業をする別の予備校に通っていたのですが、僕はノートを取るのがすごい遅かったので、授業中はノートを取るのに必死になってしまい、内容をあまり理解できていませんでした。なので、嚮心塾みたいに自分で勉強を進められる方が実力が伸びていると感じました。」



ここで仙人は魔法を解いた。

悪魔「っっっtふぅ、順番無視しただけでこれは酷すぎるぜ。でも、授業がないことは天使みたいなとろいやつら以外にとってもいいぞ。授業は一定のペースで進んでしまうから、わかっているところを飛ばせないし、わかんない所があっても次に進まないといけない。でも勉強で大事なのはわかんないところをわかるようにすることだろ。」

仙人「フッフッフぅ!流石にさっきのはやりすぎじゃったのぉ!それじゃあ悪魔よ、なんか他に言いたいことはあるか?」

悪魔「あぁ、もちろん校舎が古いことも嫌だが、嚮心塾で私が何より嫌なのは、塾に虫が入ってくることだ。夏になると毎日7時ごろから虫が窓から入ってきて気が狂いそうだったぜ。」

天使「まあでも、それは立地の問題だからしょうがないよね、悪魔と僕が虫除けスプレーを毎日持っていってたのが懐かしいね。」

仙人「フッフッフぅ!そしたら次は天使の番じゃぞ!なんかあるか?」

天使「そうですね、先程の話と少し近いのですが、嚮心塾の利点は他の塾よりも融通が効くところだと思います。例えば悪魔は、、」

悪魔「ちょっと待て!その話は私にさせろ!私は嚮心塾で自分のギターを弾いてたぜ!これは、柳原先生に、他の塾生がいない時ならギターを弾いていいと言われたからできることだ。これによって塾生のいない朝早くから塾に来ることで勉強を早くから始められる、かつ家にギターがなくなることでダラダラとギターを弾いて時間が過ぎてしまうことを防げるという、すごい理にかなっていることだが、こんなん他の塾じゃできねーよ!」

天使「そうだね、嚮心塾であれば常識的にNGであることでも、そっちの方が良いとなることもあるから自分の意見を柳原先生にまず言ってみることが大事だよ。」

仙人「フッフッフぅ!話が長くなってきて、そろそろ読者のみんなが、ワシの『フッフッフぅ!』が鬱陶しいと感じてきたじゃろうから、2人からもう一回ずつ意見を聞いて終わろうかのぉ。」

悪魔「ぅぅぅうぅぅうぅぅ、悔しいけどもう嚮心塾の悪いところが思い浮かばないぜ。」

天使「悪魔も嚮心塾のことが好きなんだね。じゃあ僕が嚮心塾についての最後の意見を言わせてもらいます。嚮心塾は柳原先生が一人一人の生徒と真剣に向き合ってくれます。これこそが嚮心塾の最大の強みだと思います。僕との話合いはもちろん、僕の親とも一年で100回以上メールのやり取りをし、僕が最善の選択をできるようにしてくれました。柳原先生には今でも心から感謝しています。柳原先生は、私達生徒全員に常に光を照らしてくれる太陽のような存在です。このような『太陽』は、他の大手予備校にはないと思います。」

悪魔「私も同感だよ。じゃあ最後に嚮心塾の卒塾生、そして元受験生として。としての2つのアドバイスを言わせてもらうぜ。まず、『今』を変えることが大事だ。明日から改善しよう、などと考えていると永遠に改善できないし、このままだと受からない、などと考えてもモチベーションが下がるだけだ。私達は未来に何が起こるか分からないからこそ、現在においての最善の選択をすることが大事だ。そして次に、嚮心塾を信じることが大事だ。たかが1人の受験生である私達の判断より、さまざまな受験生を見てきた柳原先生の判断とでは天と地の差がある。私達が『太陽の光』を浴びて成長するためには、私達が『太陽の光』をみづから求め、たとえ受け入れ難いものであっても一度受け入れてみる必要がある。もちろん一度受け入れてみて、でも成長できないと感じたときには柳原先生に言えばいい。その時は先生は一緒に改善策を考え直してくれるだろう。」

仙人「フッフッフぅ!2人とも立派な意見を言えるようになったんじゃのぉ!それじゃあ今年の合格体験記はここで終わりとしよう!」



|・ω・)ノ[終]------------------------------------------------[終]

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