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嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

2020年度受験を振り返って(その4)

慶應義塾大学文学部合格(進学先)  A・T君(穎明館高卒)

 僕が、嚮心塾に入ったのは中2と、中高一貫生にしては、早い時期だったと思います。ただ、本格的に勉強を始めたのは、高2の秋冬。まず、その時期までを振り返ってみたいと思います。
 
 僕は、中学受験時代全くと言って良いほど、勉強というものをSAPIX での授業以外しませんでした。だから、クラスはいつも下の方でした。けれども、何だかんだで受かってしまったので、「勉強しなくてもどうにかなるもんだ」と、受験というものをナメていたと思います。
 そんな調子の僕は、高校受験もなかったこともあって中学・高校時代は部活や文化祭実行委員に熱中し(そこで得たものはたくさんありましたが)、休日はカラオケ・ボーリング・映画と勉強しませんでした。中2から塾に在籍こそしていましたが、行くのは月に数回。月謝を払うために行くという感じでした。もちろん、定期テストの対策もしなかったので、成績は学校でもいつも下の方でしたが、特に気にすることなく、遊び呆けてました。
 ただ、家が転勤族で、小4までに3年以上同じ場所に住み続けた事もなく、台湾に2年住んだり、高校でアメリカ・カナダにホームステイ行ったりと、いろんな人間と関わったり、多くの文化に触れたりする事が多かったのもあってか、世の中の様々なことに興味を示して、アンテナを張っていたと思います。

 そして、最後の文化祭がを終わった高2の9月。さすがの僕も重い腰を上げて勉強に取り組もうと思ったのですが、まず目の前にあるのは、それまでやってこなっかった中高時代の内容でした。遂に、ツケが回って来たのでした。さらに、僕を苦しめたのはそもそも勉強するということに慣れてないことでした。自分の勉強法もなければ、集中力もなかったので、高校の友人に追い付くことは難しく、彼らも本腰を入れ始めたので、差はなかなか縮まりませんでした。河合塾にも通ってましたが、当然1番下のクラス。自分の志望校を見据えた授業はされませんでした。
 そうして迎えた、高3。嚮心塾にいくペースも週に数回(これでは足りないのですが)になり、集中力が足りないので、場所を変えてみたりと、自分なりに工夫しながら勉強時間だけでも人並みになろうとしました。けれでも、偏差値こそ少し上がりましたが、志望校には程遠く、夏過ぎたあたりからは浪人が常に頭の中でチラついてました。そんなマインドの中迎えた、受験。やはり、結果は散々でした。

 高校を卒業して浪人生活が始まるわけですが、時間にルーズで自分に甘い性格の僕は、毎日のルーティンが簡単に崩されてしまいそうだったことと、刺激の多い環境があった方がいいと考え、河合塾の大学受験科(浪人コース)の早慶上文系コースに昼間は通いながら、嚮心塾に通うという生活を送ることにしました。この生活は、僕には合っていたように思います。どんなにやる気のない日でも、とりあえず朝から授業を聞かされれば、強引にも頭を勉強モードに切り替えることができる上、午後から場所を変えて勉強することにより、効率よく集中できたと思います。
 
 ただ、浪人生活中はやはり思い悩むこともありました。現役で行った連中の華々しく見える、キャンパスライフに苛立つこともありましたし、そもそも、何でわざわざ高い偏差値の大学に行かなければならないのか、学歴至上主義に疑問を抱いた事も度々ありました。でも、なにより自分自身がその学歴至上主義に飲み込まれて、難関大を目指そうとしてしまっているというアンビバレントな状況に陥った事もありました。これについての明確な答えは、受験が終わった今でもはっきりしていませんが、多分、プライド以外の何物でもなかったと思います。その、たかが個人のプライドを守るために浪人した自分は、つくづく、小せぇ人間だなと思います。でも、この1年間はその小せぇ人間をほんの少しだけ成長させてくれたと思います。
 特に成長したなと思える点は、世の中への興味関心が強くなったことにあると思います。それまではただ機械的に問題を解くために読んでいた、現代文や小論文、英語の長文も数をこなしていくのにつれ、その内容をより深く知りたいと思い、先生と話すことで知見を深めたり、1冊の本をじっくり読む時間はないと思ったので、興味が湧いたものについては、ネットで色んな記事を読んだりしました。その結果、現代文などについては、最初の数行を読んだだけで話の全体像を掴むことが出来るようになりました。
 もう1つ、浪人時代で得た成果を挙げるなら、自分自身の長所でもあり、最大の短所と言ってもいい、自分のアバウトさ、雑さ、に気づけたことです。これは受験生になる前から、親に言われていたことではありますが、人に言われたことがあまり響かない僕にとって、今後、死ぬまで付き合っていかなければならない自分の性格に、改めて自分で気づけたということは、浪人して得た最大のものではないかなと思います。

 ここまで、ダラダラと色々書いてきましたが、今年もそんなに良い入試ではありませんでした。GMARCH・関関同立を合わせて12回、早慶で4回も受けたわけですが、結果は補欠繰り上げ合格の1つの身で、それ以外は全滅。その唯一受かったのが第一志望の大学だったので、結果オーライなのですが、ほんとうに自分は運のいい奴だと思います。GMARCHあたりは過去問の感触も悪くなかったので、「どっか1つくらい受かるだろう」と、高を括っていたのでしょう。ここでも、自分の雑さから来る詰めの甘さが響いたんだと思います。補欠繰り上げを待った2週間は、まだ19ではありますが、人生で1番長く感じた2週間でした。自分の雑さに改めてお灸を据えられました。
 でも、あえて自分の褒められるべき点を挙げるとすれば、自分を疑わなかったことです。入試を進めていく中で、不合格の通知が来るわけですが、必ず受かると思い続けることができたことが、この結果にこぎつけることに繋がったのだと思います。

 受験というのは、なんなのでしょうか。将来、飯を食うのに困らないため。家族を幸せにするため。自分の夢を実現するため。まあ、色々あるんでしょうが、僕は将来の夢みたいなものもなければ、未来の自分のため、なんて言うたいそれた物では、自身の受験する大義名分みたいなものは得られませんでした。僕にとってこれはプライドという、クソの役にも立たないものでしたが、周りに流されたり、借りてきた言葉よりはマシだったのかと思います。学歴至上主義に悩んだあの葛藤も今では、良かったのかななんて思ったりします。
 受験に限らず、人生にはその都度その都度、目指すべきものが現れると思います。もちろんそれが、自発的に生まれた目標だったら良いのですが、そうでない事の方が多いと思います。人から与えられた目標ほど、面倒臭いものはありません。けれども、それから逃げられないのも確かです。だから、目標から目指す理由を作り出すのも良い事だと思うんです。こうでもしないと、受験勉強なんてやってられません。こういう解決策もアリなのではないでしょうか。

 最後に、この塾には色んな人がいます。もちろん、小学生から浪人生まで同じ空間で勉強するという珍しい環境であることはさることながら、同じ大学受験を目指していても国立医学部志望から私立文系志望が一緒にいることは、予備校、ましては高校でも文系・理系でクラスが別れるので、滅多にないことではないでしょうか。さらに、それぞれに異なったバックグラウンドを持った人が集まることがこの塾のいい所なのではないかと思います。ここで、肌身で感じ取った事は、僕の人生に良い意味で大きな影響を与えてくれます。もし、このまとまりの無い、長い文章を読んでくれている方で、入塾に悩んでいる方がいたら、1回見に行ってみてください。普通じゃない塾の環境に最初は戸惑うかもしれませんが、慣れてしまえば、これほどやりやすい環境はありません。困っていることがあれば、それが受験や勉強以外のことで合っても、先生は親身になって相談してくれます。自身の人間性や人生に深みを持たせることが出来る。これは、そうそう経験できるものではない。さらに、大手予備校に行くと、ただの「お客さん」で終わってしまうような、成績がイマイチな生徒を先生は見捨てません。出来る子にも丁寧な指導をしてくれます。
 
 このような環境を用意してくれた、嚮心塾にはとても感謝しております。ありがとうございました。


 
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