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嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

名前を学ぼう。

以前に書いた、「文法至上主義」とは何か、ということは簡単に言えば付いている名前(文法用語)を覚えてそれで分類をできるようにしよう!ということでした。人間というのは名前がついていないもの同士を区別することがとても苦手です。たとえば形容詞にも限定用法と叙述用法がありますが、それを同じ「形容詞」という名前で両者を見たときには、その使われ方の違いがよくわからなくなります(そこを区別しないと限定用法の「形容詞+名詞」という語順と叙述用法のSVOCのときの「名詞+形容詞」といった語順とでどのようなときにどんなルールで並び順が逆転しているのかがわからなくなります。)。さらにはasleepのように叙述用法では使えるけれども、限定用法では使えないような形容詞に関しては、この2つの用法の名前を覚えることで、知識の整理ができるようになります。

こうしたすべてを「単純な英語をややこしく学ばせるもの!」として批判し、敵として見なす立場の先生も(もしかして)いるのかもしれません。ただ、外国語学習というのは我々が用例をすべて押さえることはできないからこそ、このような分析的な見方や整理をしていく方が身につきやすいというのは、僕自身の経験からも今までの指導経験からは思います。

もちろん、「名前をつける」という行為は良くも悪くも影響力が強いため、同一のものに違う名前をつけてしまったりすると要らぬ煩雑なプロセスを導入した割に、結局理解は何も進まずに混乱をしてしまいます。その点では「名前が細分化されていればされているほどよい!」というものでもなく、不要な分類は極力避けるべきです。だからこそ、英語を学ぶときに英文法が有効なツールであることを認めるとしてもどこまで文法用語を覚えるか、というのには工夫の余地がありますし、また生徒一人ひとりでカスタマイズしていくべきところであるとは思います。とはいえ、このような「文法用語を用いて説明できるように!」というリクエスト自体は英語の力を鍛えていくときにまず第一歩として非常に有効であると考えています。

塾で教えていていつも感じるのは、この簡単な手ほどきを全国の中学校でしてもらうだけでも、英語でつまずく子というのは劇的に減るのに、という悔しい思いです。現に中高6年間英語は何もわからず放置していた子たちでも、このようなステップをしっかりと踏んでいけば必ずできるようになります。単なる教科書の英文暗記や和訳を覚えさせるようなテストをしておいて生徒たちの時間を無駄に浪費する暇があるのなら、まず英文法から学ぶべきですし、結局ここでも(英文法用語の分類という)「日本語能力」を鍛えることが実は英語の力にもつながってくることにも繋がります。
(文法書などで)名前がついているものを無視しておいて、そのままの英文に出来る限り触れよう!、という教育方針自体は僕はあまりにも不用意であり、その犠牲者が一杯いるのではないか、と思っています。

だからこそ、名前を学ぼう!ということを嚮心塾では中学生でも高校生でも英語の勉強の最初から徹底していきたいと思っています。
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