
今日は予想通りに行かないことの連続で、その後始末に時間がかかり、ようやくこの時間になってブログを書けています。
うまく差配をしているつもりでも、人間の感情や臆見というのは予想外の頑迷さを示すことが多々あります。それについてだいぶ想定ができるようになってきた、とは思っていたのですが、それでもやはり僕の想像もよらないところで、思わぬ障壁というものがあるようです。
このように、他の人の感情や思考を完璧には追い切ることはできません。本当に、「何故そのようなことを気にしているの?」という些細なことが自分の人生のすべてであるかのように感じて生きている人、というのはたくさんいるわけで、と言うと偉そうですが、僕自身もまた他の人から見ればそのように小さなことにとらわれては大きなことを見殺しにしてしまっているのかもしれません。
一方で、その小さなことにとらわれているがゆえに大局観を相手が失っている、と気づいたとしてもその内容をどのように伝えるか、というのは極めて難しいことです。その小さなことがその人にとっては何よりも重要であると思えてしまっているときには、「それは小さなことなんだ。」という説得の仕方はあまり効果的ではないからです。
小さなことにこだわるときには、その全体から見れば「小さなこと」が本人から見ればとても大きなことであることに、どこまで共感できるか、がまず勝負であるのだと思います。そのことへの共感があって初めてそこにとらわれている人たちは聞く耳を回復します。その上で、「それは実は小さなことかもしれないよ。」ということを徐々にわかってもらおうとしていくしかありません。
と、方法論としてはわかっていてもなお、僕自身このようなアプローチに失敗することも多々あります。
それは塾生に対してももちろんなのですが、大人相手だと特に失敗しがちです。「まあ、これぐらいはわかっているとは思うけど…」の前提が大人に対してはどうしても厳しくなりがちなのですね。。これは本当にいけない自分の癖であり、相手が大人であってもそのような判断能力はそんなにない、ということを僕は自らの結婚生活から(!)学んできたつもりでは
いたのですが…。まだまだで、大きな失敗をしてしまいました。
不遜に聞こえるかもしれませんが、大人を大人だと思わないことが大切なのでしょう。何十年生き永らえようとも、自分の殻の中に閉じこもって生きる大人は、幼稚です。そしてそれはまた僕自身がそれをするのであれば、僕自身にもあてはまります。自分の殻に閉じこもらない、というのはすなわち何が大切ではないかを絶えず吟味し続ける、ということです。そこに関して決して妥協をせずに、やるべきことをやっていきたいと思います。
それと共に、生徒一人一人に対して、そのような「大局的には小さいことでもその本人にとって大きいこと」への共感のチャンネルをしっかりと作っていきたいと思います。
うまく差配をしているつもりでも、人間の感情や臆見というのは予想外の頑迷さを示すことが多々あります。それについてだいぶ想定ができるようになってきた、とは思っていたのですが、それでもやはり僕の想像もよらないところで、思わぬ障壁というものがあるようです。
このように、他の人の感情や思考を完璧には追い切ることはできません。本当に、「何故そのようなことを気にしているの?」という些細なことが自分の人生のすべてであるかのように感じて生きている人、というのはたくさんいるわけで、と言うと偉そうですが、僕自身もまた他の人から見ればそのように小さなことにとらわれては大きなことを見殺しにしてしまっているのかもしれません。
一方で、その小さなことにとらわれているがゆえに大局観を相手が失っている、と気づいたとしてもその内容をどのように伝えるか、というのは極めて難しいことです。その小さなことがその人にとっては何よりも重要であると思えてしまっているときには、「それは小さなことなんだ。」という説得の仕方はあまり効果的ではないからです。
小さなことにこだわるときには、その全体から見れば「小さなこと」が本人から見ればとても大きなことであることに、どこまで共感できるか、がまず勝負であるのだと思います。そのことへの共感があって初めてそこにとらわれている人たちは聞く耳を回復します。その上で、「それは実は小さなことかもしれないよ。」ということを徐々にわかってもらおうとしていくしかありません。
と、方法論としてはわかっていてもなお、僕自身このようなアプローチに失敗することも多々あります。
それは塾生に対してももちろんなのですが、大人相手だと特に失敗しがちです。「まあ、これぐらいはわかっているとは思うけど…」の前提が大人に対してはどうしても厳しくなりがちなのですね。。これは本当にいけない自分の癖であり、相手が大人であってもそのような判断能力はそんなにない、ということを僕は自らの結婚生活から(!)学んできたつもりでは
いたのですが…。まだまだで、大きな失敗をしてしまいました。
不遜に聞こえるかもしれませんが、大人を大人だと思わないことが大切なのでしょう。何十年生き永らえようとも、自分の殻の中に閉じこもって生きる大人は、幼稚です。そしてそれはまた僕自身がそれをするのであれば、僕自身にもあてはまります。自分の殻に閉じこもらない、というのはすなわち何が大切ではないかを絶えず吟味し続ける、ということです。そこに関して決して妥協をせずに、やるべきことをやっていきたいと思います。
それと共に、生徒一人一人に対して、そのような「大局的には小さいことでもその本人にとって大きいこと」への共感のチャンネルをしっかりと作っていきたいと思います。
- 関連記事



