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嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

恩寵とは。

最近の私生活の近況としては、僕自身の願いとしては狭いマンション暮らしを一生続けたかったのですが、義父母の介護など止むにやまれぬ事情が出てきて、一軒家に引っ越しをすることになりました。貯金もない中で新たに住宅ローンを組むわけですが、そうは言っても僕の両親にも家内の両親にも金銭的サポートをしてもらえるだけ、まだ何とかやっていけそうです。

という自分の立場になってみて初めて、親のありがたさがわかるとともに、その恩恵を受けることができない中で生きていかねばならない、という人たちのしんどさを改めて痛感しています。特にこの20年で実質賃金はダダ下がりなわけで、その中で明らかに2、30年前の親世代と我々の世代との間で、そして今の20代とではさらに庶民の生活レベルがどんどん厳しくなっていってしまっているわけです。それでも両親からの援助が見込めるような我々世代はまだ何とかなるにせよ、同じ世代であっても両親からの援助は見込めない人、さらには下の世代になればなるほどに厳しくなっていってしまいます。

僕自身、塾を開いてから様々な相談に乗ったり力になろうとしてきたわけですが、それらというのは大抵「親がいるから」子供が苦しむ、という類の悩みでした。それはそれで(虐待として明確化しないとしても)様々な問題があり、それに取り組んできているつもりでしたが、「親がいないから」の苦しみに対しては塾としてはなかなか対処ができていない、というのは事実です。具体的に対処ができていないだけではなく、そもそも実感を持ってその状況でこの社会で生きていくしんどさを理解できるのか、と言われればそれはやはり理解しようとしていても全く理解できていない、というのが現実であると思います。

有島農場を小作人に分配した有島武郎のようにすら、全くできていません。親が残してくれるものに頼らずに生きることすらできない自分自身に不甲斐ない思いをもちます。それとともに、自身が親の残してくれるものに頼らずにそれを分配できてなお、有島が悩んだように自身の中に残る文化的資本は、僕の中から消えないものです。親が金銭的に余裕があり、中学受験の塾に通わせられ、私立の中高に通わせられ、そして大学の学費を払ってくれたからこそ、今の僕があるわけです。この思いは僕自身中高生の頃にもひどく悩んだのですが、年齢を重ねれば重ねるほどに、その差のとてつもない大きさというものを実感していきます。自分の努力によって成し遂げられている部分など、本当に一部で、だからこそ自分が生きられることは決して自分が努力したからではないのです。

だから親孝行を、というと「安全な」思想で、だから社会の格差をなくそう!となってくると「危険な」思想のかもしれませんが、僕はこの「自分自身が生きていけるのは決して自分の力や努力がその理由ではない。」という意識こそが大切であると考えています。もちろん、その意識も今回のことで改めてわかったように、極めて不徹底で何も解ってはいなかったとも言えるでしょう。しかし、それでも自分自身のそのアホさを見つめた上で、自分に何ができるかを再度問い直していくしかないのだと思います。

「原罪」という概念もそのための発明品だと僕は思っているのですが、どのような発明品も、その効用と弊害とがあります。どちらにせよ、自分の力や努力で生きれているわけではない、という事実の認識を元に自分が他の人に何ができるかを考えていくことのほうが、「これだけ稼げるのは俺が有能だからだ!」という姿勢よりは少なくとも生産的であるのだ、と思います。また真の芸術とは、その食っていくこと、と向き合っているかどうかが重要であるとも思います。僕がゴッホの手紙を読んで一番心打たれたのは、あんなに何もお金を稼げないままに死んでいったゴッホが、それでも「絵が売れたら、テオにお金を返したい!」と最期まで思っていた、ということでした。自分が生きられているのは決して自分の努力や力のおかげではなく、誰かのおかげであるとして、その誰かに対して自分がどう生きるか、こそが芸術にとって一番大切なものであるとも思っています。もちろん、それは直接返しても、他の人に返しても、それはそれでどちらでもよいのです。それでも、返そう!という思いがあるかどうかこそが、僕には芸術や作品を通じて、あるいは生きている中での様々な行為を通じて感じ取りたいところだと思っています。

恩寵(おんちょう)とは、それを感じることのできる内面において、初めて意味のあるものです。結局人間の世界を動かすものは、その恩寵を感じることができるかどうかだと思います(もちろん、それが閉じた共同体の中でしか機能しない場合には賄賂とか癒着にもなってしまうわけですが)。
僕自身の様々な努力も、少しでもそのどうにも取り返しのつかない恩寵を何とか取り返そうとすることにも繋がるように、必死にやっていきたいと思います。
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