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嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

『め組の大吾』

僕自身、読書中毒、情報中毒、ラーメン中毒、どくんご中毒など様々にaddicted(中毒)な対象が多いのですが、何に一番addictedかと言われれば、受験前のこの時期に受験生が纏う緊張感です。よく戦場カメラマンの方が「一度戦場を経験してしまうと平和な日本の日常の方が嘘くさくって居心地が悪くなる」というお話をされると思いますが、僕からすれば受験という極限状況の中で受験生が必死に勉強しているその凛とした姿からすれば、他の日常はすべてあまり価値のないものであるように思えます。友達付き合いも下手で、自分が何かを楽しむことも苦手である(趣味がありません…)、ある意味とても偏った人間である僕にとって、非日常の大きなゆらぎの中で不安に苛まされながらも、それでも自らを鼓舞して何とか戦おうとしている受験生の力になれることは、この上ない喜びです。しかし、それとともに、そこでしか生きられない悲しさもまたあります。

中高生の頃愛読していた曽田正人先生の『め組の大吾』という名作漫画があるのですが、天才的な消防士である主人公が結局、誰かの危機のときしか輝けない自分は果たして呪われた能力を持っているのではないのか、ということに悩むシーンがありました。その主人公のような天才性が僕にあるわけでは決してないのですが、自分が誰かの力になれるとしたら、必ず彼ら彼女らがどん底で苦しいときにしか力になれない、というこの呪われた能力(おそらく僕はこのような状況においてこそ、自身の真価が一番引き出せると思っています)は、決してそのように全身全霊を込めて接する彼ら彼女らと談笑ができることなく、僕の人生の最後まで続いていくようにも思います。教え子たちと楽しい話をする日は僕には来ません。また、それで良いのだと思っています。

自分の全存在をかけるかの如き必死さで勉強している目の前の受験生たちも、彼ら彼女らもやがて大学生活や社会人生活の中で、また「戦場」からは程遠くなっていきます。しかし、自分の全存在をかけて必死にもがく彼ら彼女らの姿は、少なくとも彼ら彼女らのため、あるいは僕自身のためということを超えて、何らかの意味へとつながっている気もします。

まずは僕自身が目の前の受験生の必死の頑張りに恥ずかしくないように、朝から晩まで必死に知恵を絞って教えていきたいと思います。
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