嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

過去のパンフレットの巻頭言です。その3

「雑談」は、いたしません。

僕が小学生の頃見た映画で『ベストキッド(原題:The Karate Kid)』という映画がありました。うろ覚えなのですが、主人公の弱虫少年が、なにやら怪しげな老人になにやら怪しげな修行(車の洗車、床磨き、ペンキ塗りなど)を指示され、「こんなので強くなるのかなあ」と思いながら一生懸命練習しているのですが、実はその怪しげな修行がきちんとした力になっていて、見事に宿敵を破り大会に優勝できるというストーリーだったと思います。

この話に対して、教える立場にある先生方は、おそらく非常にうらやましい思いを抱かれる方が多いのではないでしょうか。たとえば個別指導の塾であれば、ふつうは指導報告書というものを教務に提出し、そこで先生方がどこまで生徒のことを把握しているかをチェックされます。また教え方のスタイル、内容などについて保護者の方からご要望をいただくこともとても多いでしょう。学校の先生はまだおおらかなのかもしれませんが、塾の先生がこのベストキッドの老人のように教えようものなら、即座に苦情がくるのではないでしょうか。(受験(空手)と関係ないことを教えるな!などなどです。)
 それに引き替え、嚮(きょう)心(しん)塾(じゅく)ではご父母のご理解をいただき、かなり好き勝手にやらせていただいております。一人一人の塾生の勉強時間もとても多いのですが、僕が塾生一人一人と、一見たわいもないような雑談をするように見える時間も多いと思います。しかし、そのように見えようとも、僕自身は塾を運営していく中で、「雑談」をしているつもりは全くないのです。
 たとえば、子供たちの自由な精神に「何も話さず、ひたすら勉強しなさい」ということを強制するのは、「風邪を引かないように、ビタミンCの錠剤だけ飲み続けなさい。」ということと同じであると考えています。サプリメントだけに栄養を頼ることが人体にもたらす害について、ようやく最近警鐘が鳴らされつつありますが、食事から摂取していた栄養をその栄養分の錠剤でまかなおうとする、というのは人体の化学的過程の一部のみしか見ない視野狭窄であるのはわかりやすいことです。
 そして、人間が関わる活動の中で「それは受験に関係がない」などと明言できるものの方が少ないと僕は考えています。先の『ベストキッド』の例を挙げれば、空手の本質を深く理解している老人は、空手とペンキ塗りとの間の共通性を見抜いた上で、ペンキ塗りをやらせていました。「ペンキ塗りなんか、空手と関係ない!」という矮小(わいしょう)な思いこみからその修行を放棄する人と、「なるほどあのペンキ塗りもこの空手の防御につながっていたんだ!」という発見の感動を味わえる人と、どちらがより自分自身を向上させていこうという意欲をこれからも持ち続けていけるかは、明白なことです。

 もちろん、このように書きますと「こっちはプロなのだから指導方法に素人(しろうと)の親が口を出すな!」「accountability(アカウンタビリティー・説明責任)なんて知ったことじゃない!」という主張だと思われる方もいらっしゃると思います。しかし、嚮心塾はそのような塾ではありません。僕自身、教えていく中でお父様お母様からのご指摘で「確かにそこを考えていかねばならない」と教えられてきた経験は山ほどあり、これからも必ずあるでしょうし、なければならないと思っております。そしてそれを必要に応じて指導に反映していき、お子さんにとって、最善のことを尽くしていきたいと思っています。説明のできることは、ご要望があれば徹底的に説明をしてきたという自負もあります。
しかし、僕の指導方法のすべてを説明することはできない、というのもまた厳然たる事実です。もちろん、僕の指導方法の中でaccountable(説明可能)な部分に関しては、徹底的に説明いたします。しかし、unaccountable(説明不可能)な部分に関しては、「ご信頼いただきたい」というよりほかに仕方がありません。ただ、もしこの嚮心塾という塾が塾生一人一人の人生に何らかの意味で支えや鍛錬となることができているとしたら、このunaccountableな部分の方がaccountableな部分よりもはるかにその支えとなれているのではないか、と思っております。
 「碁は人間が打つものだから、人間自体のレベルをあげなきゃだめだ。」というのは囲碁の藤沢秀行名誉棋聖の名言です。受験勉強において成果をあげるためであっても、様々なアプローチが必要な場合がとても多いと考えています。その鍛錬(たんれん)の場としての、嚮心塾に参加していただけることを心より望んでいます。
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