嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

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鴨居玲展@東京ステーションギャラリーの感想

帰宅途中の車中の中吊り広告で、なんと鴨居玲(かもい・れい)の絵が5月末から東京で見れる!ということを知り、東京駅の東京ステーションギャラリーに早速行ってきました!そもそも鴨居玲の絵を見るためだけに家族旅行を金沢にしようとして、子供たちの猛反対(子供向けではないですよね)にあってやめたこともあるくらいなので、東京で見れるなんて望外の喜びでした。

何枚かの有名な絵以外は初めて見るものが多かったのですが、本当に素晴らしかったです!鴨居玲の絵は、初期のデ・キリコ風のものやゴヤ風のものももちろん素晴らしいのですが、最晩年の自画像シリーズが本当に素晴らしいのです!いや、「素晴らしい」という言葉でごまかしてはなりません。その最晩年の自画像シリーズは本当に、この上もなく悲痛なものです。パリやスペインで老婆や廃兵の絵を描く中で、人間から虚飾を剥ぎ取った本質を描くことに目覚めた鴨居が、日本に帰ってきてからの(社会的成功と裏腹の)芸術的不遇の末に、自分をモデルに描き始めたということの意味を痛切に考えさせられました。ロダンが『麗しきオーミエール』で老いさらばえた老婆の彫像を作り、「これこそが美だ!」と宣言したのだとしたら、鴨居玲はさらに老婆や廃兵をデフォルメしていきます。我々が人間の特徴としてぱっと飛びつきがちなものが何も残っていない彼ら、彼女らの中にこそしかし、何よりも気高く残っている人間性を鴨居玲の絵は捉えていると思います。
その鴨居玲の絵は、「人間はどこまで人間であるのか」ではなく「人間はどこからが人間であるのか」、という問いへの一つの答え方ではないかと思います。私たちが人間の生活というときにまっさきに思い浮かべるような、知性、恋愛、美しさ、社会的成功、出産、子育て、家族、その他もろもろが全て終わった後の、あるいはそれらを全て奪われた後の廃兵や老婆を鴨居が描いたときの強烈なまでの存在感は、かえって世間から疎外され、もはや必要のない人間としてただ存在しているかのような彼ら、彼女らこそが逆に人間の本質ではないのか、という動揺を僕たちの中に引き起こしてくれます。人間としての生活の社会的奴隷として忙しく立ち働く我々が、そのような全てから疎外された人々の表情に強く感銘を受けるわけで、それは何かや誰かのために彼や彼女が存在しているのではなく、ただそのものとして人間もまた存在しうるのだという驚きと感動、そして反省を与えてくれるからであると思います。鴨居玲は風景画を描かなかったことでも有名です(彼は「私が興味があったのはただ人間だけだ」と言っていたそうです)が、彼は人間を「風景」として描いたのだと思います。私たちが風景画に感銘を受けるのは、その風景が私たちの見ている普段の景色を超えて「自己の認識する世界の外に存在しうるもの」としての可能性(まあ、つまり自己のvirtual realityではないrealityが存在する可能性ですね)を感じさせてくれるからであると僕は考えているのですが、鴨居玲の描く人間はそのように私たちの認識する人間への自己のvirtual realityの外のrealityを感じさせてくれる、という意味で人間を「風景」のように描いているのだと思います。

このような絶頂期を迎えた後、帰国してからの鴨居玲の絵は、一転して苦しい。描けども描けども、そのようにヨーロッパで出会った人間の本質をとらえるような絵がまるで描けないことに苦しみ続けているのです。今回の展覧会のストーリー付けもそのように企図されていますが、それは強引な解釈ではなく、この時期の鴨居の絵を見れば明らかであると思います。
何を描いても、人間の存在そのものに迫るような人物画が描けない。あのヨーロッパで描けていた人物を描いた「風景画」が描けない。その苦悩の末に、自画像へと行き着く鴨居の歩みは、「このように『人間の存在そのものに迫るような絵が描けない』と苦しみぬいている私を描くこともまた、人間の存在そのものに迫るような絵につながるのではないか。」という彼の最後の、悲痛な取り組みへとつながっていきます。そこから彼は、とりつかれたかのように自画像を描きまくります。食料のなくなった動物が自らの手足を食べるかのように。ときにはそのような自らの取り組み自体にシニカルになったり、疑心暗鬼になりながら。そして、その末に自死を選びます。

鴨居玲が「人物画」を描けなかった70年代、80年代の日本は僕自身も子供として過ごしてきた時代です。彼にそのような人間存在の本質に迫るような絵を描かせなかったものが何であるのかを僕たちは考えなければならないと思います。そして、それにもかかわらずそのような本質的な絵を描くことを諦めずに自画像を描き続けたという鴨居玲の超人的な努力にも、思いを馳せなければなりません。彼は最後まで、人間存在の本質を描くことを諦めようとはしなかった。そのために狂気の自分をすら、目をそらすことなく描き続けました。彼の最晩年の『勲章』という絵には、ビールの王冠が勲章のように胸に付けられた彼の自画像が描かれていますが、それは何も(説明文に書かれているような)権力的なものへの批判とかではなく、そのようにうらぶれ落ちぶれ、追い詰められた人生の中でそれでも描きたいと思える絵を描こうと最後までもがき苦しんだ彼自身に、彼が与えた「勲章」であるのだと思います。それを世間の人がどう評価するのであれ、あるいはそれを私的にお祝いするほどの金銭的な余裕はないとしてもなお、私は私に勲章を与えるのだ、と。

僕も、人生の最後にそのように自分で自分に勲章を与えられるように、鴨居に恥ずかしくない生き方をしなければならないと改めて思わされました。芸術鑑賞とは美しいものを楽しむことではなく、自分自身の小さな世界を破壊してくれるものだと信じたい人にとって、本当にオススメだと思います。
東京ステーションギャラリーのサイトです。)
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