
嚮心塾とはどのような塾ですか、と問われれば「広島東洋カープのような塾です。」とこれからは
答えようかと考えています。そのこころは、「選手(生徒)をしっかりと育てて一流にし、そしてその選手を巨人やメジャー(大手予備校)に取られます。」というものです。去年も大切に鍛えてきた塾生が浪人に当たって塾を離れることがあり、非常に落ち込んだのですが、今年に至っては、本当に高校生になってからゼロから(be動詞と一般同士の違いから!)鍛えてきた子が結局残念ながら浪人するにあたって他の予備校へと行くということになりました。その子はその予備校の最初のテストで英語は一位、世界史も早稲田の問題で9割くらいとれて、予備校の先生から、「なんで君は浪人したの?」と言われたそうですが、それでもその子が今年受かれば予備校の合格実績になるわけです。まったく、カープを愛する広島市民のみなさん、本当に辛いものですね。
このようになりがちなのは、もちろん、現役生のときに結果を出せなかったということが一番大きな理由であり、それはまさに嚮心塾のせいであるのですが、それ以外にも大きな要素があります。それは、「やっぱり(大手)予備校の方が安心よね。」という親御さんのご意見です。予備校の実態を知って一体何が安心できるのか、ちょっと僕にはわからないですし、そもそも予備校の教育システムをどこまでご存知なのかよくわからないのですが、しかし、嚮心塾で浪人生活を送ろうという受験生は必ずこのような周囲からの抵抗を受けると思います。同級生からも「そんな小さなところじゃなくて、大手に行きなよ!」と言われるでしょうし、お母さん同士で話していてもそのようにまず間違いなく言われてしまうでしょう。「寄らば大樹の陰」という発想自体はまだまだ根強いものである以上、その「大樹」の実質を吟味することができないと、どうしてもそのようになってしまうと思います。逆に言えば、嚮心塾のようなただ結果を出す以外に大手の予備校と悩んでもらえるはずのない塾が、ここまで潰れずに来ていること自体が奇跡であると思います(もちろん、いつまでもつかはわかりません)。
そして、このようなケースこそがいわゆる「合格実績」というものが無意味であることをよく示しているのではないでしょうか。もちろん、嚮心塾でも一つの目安としてそれを毎年出しています。しかし、あの「合格実績」というのはめちゃくちゃ優秀な子の、最後のひとかけらを埋める作業の結果としての東大や医学部合格もあれば、まったく勉強していない状態から徹底的に鍛えていっての私大合格もあるわけです。あるいは上の例に挙げたように、「合格前の最後の一年そこに在籍した」ことが合格の決め手となっているのかどうかは実はわかりません。もっと大きな飛躍が過去にあり、それこそが合格の決め手であったとしても、それらを評価しにくいのです。(もちろん、嚮心塾で東大や京大、医学部に合格した子たちも「すべてこの塾で鍛えた!」といえる子は少ないです。それらの元から優秀な子たちに僕ができたことといえば、70%合格できる子を85%あるいは90%まで引き上げたくらいの仕事でしょう。それでもそれが「実績」になってしまいます。)
まあしかし、ものは考えようです。逆に言えば、そこまで鍛えた子は放っておいても合格します。どの(ダメな)予備校に通っても、自学自習の大切さ、どこまで勉強を徹底しなければいけないかの度合い、さらにはそこまで鍛えたとしても本番で失敗すれば実力があっても落ちるのだという入試の怖さをよくわかっているその子は、必ず今年は合格できるでしょう。それよりはまだそのように鍛えきれていない子たちを鍛えることに僕が力を注ぐことができる方が、はるかに社会全体にとっては有益であるのです。まったく勉強していない子たちをそのようなところまで持っていくことこそが、極めて難しく、またそれゆえに意義のあることなわけですから。そこに傾注しては、また毎年悔しい思いをしていこうと思いますし、そもそも浪人する前に現役で合格できるようにさらに鍛えていくための工夫をしていきたいと思います。
今調べてみたら広島カープはこの24年間くらいセ・リーグで優勝していないらしいのですが、カープがあれほど育成システムをしっかり作り上げて、お金をかけて即戦力を取れなくても丹念に鍛えて行っては一流選手を生み出してこなければ、それをお金で買うジャイアンツもこれほどは優勝できなかったかもしれません。その意味で、ジャイアンツの優勝はカープの育成システムのおかげである部分も大きいでしょう。
嚮心塾も、カープのようにずっと努力が報われずに表舞台に出なくても(これはいいすぎですね。その中でもカープは頑張っています)、地道に一人一人を鍛え続けていきたいと思います。それがどの予備校の手柄になろうとも、そのように努力をする姿勢、努力の仕方を備えた若い世代が一人でも多く増えることは、この社会にとって有益であることに間違いはないと思います。その結果として、派手な合格実績が出せなくなっては嚮心塾が潰れていくとしたら、それはそれでまた「この社会は広島カープを評価できない社会である」という仮説の一つの証左となるでしょう。だからこそ、僕が悩むべきは、「鍛えた生徒が奪われたり移ったりで塾からいなくなる」ことではなく、「もっと鍛えられる可能性がないか。できることを見落としては力を伸ばしきれていないことはないか」ということだけであると考えています(もちろん、メジャー行ったけどカープ戻ろっかな、という黒田選手みたいなことも大歓迎ですよ!すみません。このオチが言いたかったというのが、まだ未練がましいところですね。精進します。)。
答えようかと考えています。そのこころは、「選手(生徒)をしっかりと育てて一流にし、そしてその選手を巨人やメジャー(大手予備校)に取られます。」というものです。去年も大切に鍛えてきた塾生が浪人に当たって塾を離れることがあり、非常に落ち込んだのですが、今年に至っては、本当に高校生になってからゼロから(be動詞と一般同士の違いから!)鍛えてきた子が結局残念ながら浪人するにあたって他の予備校へと行くということになりました。その子はその予備校の最初のテストで英語は一位、世界史も早稲田の問題で9割くらいとれて、予備校の先生から、「なんで君は浪人したの?」と言われたそうですが、それでもその子が今年受かれば予備校の合格実績になるわけです。まったく、カープを愛する広島市民のみなさん、本当に辛いものですね。
このようになりがちなのは、もちろん、現役生のときに結果を出せなかったということが一番大きな理由であり、それはまさに嚮心塾のせいであるのですが、それ以外にも大きな要素があります。それは、「やっぱり(大手)予備校の方が安心よね。」という親御さんのご意見です。予備校の実態を知って一体何が安心できるのか、ちょっと僕にはわからないですし、そもそも予備校の教育システムをどこまでご存知なのかよくわからないのですが、しかし、嚮心塾で浪人生活を送ろうという受験生は必ずこのような周囲からの抵抗を受けると思います。同級生からも「そんな小さなところじゃなくて、大手に行きなよ!」と言われるでしょうし、お母さん同士で話していてもそのようにまず間違いなく言われてしまうでしょう。「寄らば大樹の陰」という発想自体はまだまだ根強いものである以上、その「大樹」の実質を吟味することができないと、どうしてもそのようになってしまうと思います。逆に言えば、嚮心塾のようなただ結果を出す以外に大手の予備校と悩んでもらえるはずのない塾が、ここまで潰れずに来ていること自体が奇跡であると思います(もちろん、いつまでもつかはわかりません)。
そして、このようなケースこそがいわゆる「合格実績」というものが無意味であることをよく示しているのではないでしょうか。もちろん、嚮心塾でも一つの目安としてそれを毎年出しています。しかし、あの「合格実績」というのはめちゃくちゃ優秀な子の、最後のひとかけらを埋める作業の結果としての東大や医学部合格もあれば、まったく勉強していない状態から徹底的に鍛えていっての私大合格もあるわけです。あるいは上の例に挙げたように、「合格前の最後の一年そこに在籍した」ことが合格の決め手となっているのかどうかは実はわかりません。もっと大きな飛躍が過去にあり、それこそが合格の決め手であったとしても、それらを評価しにくいのです。(もちろん、嚮心塾で東大や京大、医学部に合格した子たちも「すべてこの塾で鍛えた!」といえる子は少ないです。それらの元から優秀な子たちに僕ができたことといえば、70%合格できる子を85%あるいは90%まで引き上げたくらいの仕事でしょう。それでもそれが「実績」になってしまいます。)
まあしかし、ものは考えようです。逆に言えば、そこまで鍛えた子は放っておいても合格します。どの(ダメな)予備校に通っても、自学自習の大切さ、どこまで勉強を徹底しなければいけないかの度合い、さらにはそこまで鍛えたとしても本番で失敗すれば実力があっても落ちるのだという入試の怖さをよくわかっているその子は、必ず今年は合格できるでしょう。それよりはまだそのように鍛えきれていない子たちを鍛えることに僕が力を注ぐことができる方が、はるかに社会全体にとっては有益であるのです。まったく勉強していない子たちをそのようなところまで持っていくことこそが、極めて難しく、またそれゆえに意義のあることなわけですから。そこに傾注しては、また毎年悔しい思いをしていこうと思いますし、そもそも浪人する前に現役で合格できるようにさらに鍛えていくための工夫をしていきたいと思います。
今調べてみたら広島カープはこの24年間くらいセ・リーグで優勝していないらしいのですが、カープがあれほど育成システムをしっかり作り上げて、お金をかけて即戦力を取れなくても丹念に鍛えて行っては一流選手を生み出してこなければ、それをお金で買うジャイアンツもこれほどは優勝できなかったかもしれません。その意味で、ジャイアンツの優勝はカープの育成システムのおかげである部分も大きいでしょう。
嚮心塾も、カープのようにずっと努力が報われずに表舞台に出なくても(これはいいすぎですね。その中でもカープは頑張っています)、地道に一人一人を鍛え続けていきたいと思います。それがどの予備校の手柄になろうとも、そのように努力をする姿勢、努力の仕方を備えた若い世代が一人でも多く増えることは、この社会にとって有益であることに間違いはないと思います。その結果として、派手な合格実績が出せなくなっては嚮心塾が潰れていくとしたら、それはそれでまた「この社会は広島カープを評価できない社会である」という仮説の一つの証左となるでしょう。だからこそ、僕が悩むべきは、「鍛えた生徒が奪われたり移ったりで塾からいなくなる」ことではなく、「もっと鍛えられる可能性がないか。できることを見落としては力を伸ばしきれていないことはないか」ということだけであると考えています(もちろん、メジャー行ったけどカープ戻ろっかな、という黒田選手みたいなことも大歓迎ですよ!すみません。このオチが言いたかったというのが、まだ未練がましいところですね。精進します。)。



