嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

教え続ける意味。

昨年度の入試は、本当に辛い結果の連続でした。どのような年でも全員が納得のいく合格というわけにはいかず、そのたびにこの仕事を辞めたくなるのですが、昨年度の入試に関して言えば本当に落としてはいけない受験生が(おそらく僅差で)落ちてしまう、という受験ばかりであったため、本当に落ち込みました。

しかし、受験生本人が落ち込んでいる中で、こちらが落ち込んでいるわけにはいきません。そのように必死に自分を叱咤激励しては生徒たちを励ましていく中で、一つ気づいたことがあります。それは、僕の仕事は受験生を合格させることにあるのではない、ということです。

いやいや、それは不合格が続いているから起きた現実逃避でしょ、というご批判はもちろんです。あるいはそもそも学習塾など受験生を合格させるためだけに存在するようなものでしょう。その本来の目的を見失う、あるいは放棄するつもりは毛頭ありません。自分に力が足りないところに関して言えば、もっと必死に補って、もっと合格できるようにしていきたいという思いは強く持ち続けています。しかし、それが全てではありません。大切なのは、合格すればそこまでの過程の全てが肯定され、不合格であればそこまでの過程の全てが否定されるかのような受験において、いかに最後まで諦めないでいられるかどうかであるのだ、ということです。一つの結果を見て絶望する人もいれば、それを契機として以前よりもさらに頑張っていく人もいます。入試がどのような結果に終わろうとも、そこで彼らの人生が終わるわけではありません。そこでの失敗が多少あろうとも、そのあとも努力をし続けていくことが大切ですし、そこでの成功がたまたま得られたとしても、そのあとの努力を怠っては結局ろくでもない人間になります。

つまり、結果が全てである入試に毎年携わる僕自身こそが、受験生の誰よりも「この一つの結果が全てではない」ことをどこまで信じられているかが問われているのだといえるでしょう。今年の様々な堪え難い不合格の結果を見る中で、僕自身が生徒たちにしてあげられることとして、そこの覚悟を伝えることこそがより本質的な教育なのだ、ということを改めて実感させられました。

そして、だからこそまた難しいのです。
結果が全てだと狂信的に信じることができれば、結果は出やすいものです。
(最近は医学部志望者に多いです)
しかし、それは原理主義者としての自己、出口のない自己を定めることになってしまいます。
とはいえ、「出口」という名の逃げ道ばかりを作る相対主義者には、何事も成すことはできないでしょう。

カール・R・ポパーの言うように、「人類のここまでの科学の進展そのものを現時点での有効な仮説としては評価するものの、それが仮説であるという限定を決して忘れない。」というアプローチは僕には正しいものだと思えますが、そのような「自分がfanaticには信じ切れないもののために、命がけで頑張る。」という崇高な姿勢に人類が耐えうるかどうかが、問題であるのだと思います。

それはまた、大栗博司先生のブログにあった、この議論とも関わってくる問題です。
このブログ記事の中での田崎晴明先生のツイート部分の「そもそも、「正しいビジョン」というのも、多くの場合には、単に今の時代で支配的な価値観に過ぎず、普遍的なものとは言えない と考えています。」というところにこそ僕は全面的に賛成をするわけですが、そのように考えながらも、その「正しいビジョン」が少しでもより正しくなるために努力をする、という姿勢自体が人間にとってはかなり厳しいものであるのだと思います。自分の様々な努力や時間、苦労が普遍的なものに資していると考えたくなるのが人間というものですから。科学者というのは、その点で、自分の一生をかけた努力が、一つの仮説に過ぎないという厳しさと対峙をしなければならない存在だと思います。だからこそ、その覚悟で取り組む一人一人に僕は心から敬意を持っています。

もちろん、このような問題意識自体は僕も開塾当初から持っていました。
それはたとえば、この塾を開いた当時の塾の紹介文からもわかると思います。ただ、あの頃
「問題」として捉えていたものが、自分から遠く離れたところにある難問としてではなく、自分の生き方として切実に問われざるを得ない、ということを10年経ってみて、今年改めてまた教えられた、というのが偽らざる感想です。それを「進歩していない」ととるのか、「初心を忘れていない」ととるのか、あるいは森有正風にかっこよく「問題が深まっている」「質が変化している」というのかは、まあどうでも良いのですが、「教えることで教わることの方が多い。」という少なくとも中学生の頃には気づいていた事実にもまた、改めて気づかされるこの1年だったと思います。

ともあれ、新年度が始まりました。
今年も受験生一人一人に、「絶対に落ちないために何をしていくべきかを徹底的に考え抜き、相談していく」という作業と「受かるか落ちるかが君たちの人生を決めるのではない。一生努力できるかどうかが君たちの人生を決めるのだ。」というメッセージというその相反する二つのことを、どちらも必死にやっていきたいと思います。
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