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嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

努力する、ということ。

今日は都立校入試、そして、いよいよ明日から国公立入試です。塾では最後の追い込みとともに、東京を離れて受験地に行っている受験生ともメールその他で最後の不安点をつめています。

先日、私立大入試の最中に一人の塾生をかなりこっぴどく叱りました。その子は高2のうちにしっかり勉強してきて、
力としては十分にあるのに、この土壇場になって「一つ合格したからもうがんばりたくない」という姿勢で、だらだらと受けては、それが不合格につながってしまっていました。

「ここで頑張らないと生きていけないぞ」という僕の言葉に、「頑張ってまで生きていたくない。それなら死にたい。」と話す彼女に、「生きているということは、あるいは少なくとも努力をすれば勉強ができるようになるだけの才能を自分が持っているということは、それを活かす責任があるということだ。それを努力するかしないかは自分の自由ではない。自分の義務だ。」という(まあよくある)話をした後、塾にずっと通ってくれている塾生のことを引き合いに出しました。

彼は自閉症で、しかしそれをものともしないくらい様々なことを努力して乗り越えてきました。その努力する姿勢には本当に頭が下がる思いで、そして実際に我々周囲の、彼を応援し、支えているつもりの人間ですら、「こんなにすごい結果を残すことができるとは!」と刮目させられ、どこかで彼の限界を心のうちに設定してしまったことを、何度も反省させられてきました。

その彼も、大学を卒業し、就職をする段になって、本当に苦しんでいます。僕は彼よりも努力をする人間を知りません。東大や医学部に合格していった数々の塾生も、彼ほどの絶望的な努力を、しかしたゆまずに続けている人間ではありませんでした。みんな彼に比べれば、その努力にいくらでも甘いところがありました。いや、僕自身もまた、彼に恥ずかしくないような努力が日々できているかといえば、もちろん恥ずかしくないような努力をしようともがいてはいるものの、決してできていないのが事実でしょう。僕はそれを、本当に恥ずかしく思います。彼は僕の生徒ですが、努力をする、ということに関しては彼は僕の師匠です。

しかし、そんな彼もコミュニケーションが極端にできないという理由で、ほかのすべての美質、何よりその絶望に立ち向かい努力し続ける姿勢など何一つ評価されずに、社会からまだ評価されていません。この社会は明らかに評価基準を誤っている。彼を評価できず、僕やその他ちょっと小器用なやつが評価されるような世の中など、全く間違っている訳です。

しかし、彼はそんな中でもくさらずに、自分が努力してできる部分はないかを常に虚心坦懐に探している。

そのような彼に対して、君はそれで恥ずかしくないのか、という話をその受験生にはしました。
「心に刺さる」と嫌な表情をしていたので、少しは伝えられたのかもしれません。

自分が努力した結果を誇る前に、自分が努力をできる環境にいたこと、努力をすれば鍛えられるだけの能力があったこと(これはabilityがあった、というだけでなく、disability(と思われているもの)がなかったということも含みます)を考えれば、それは伸びるべきものを伸ばしただけで、何一つ誇れるものではありません。ただ、少しは責任を果たした、というだけです。しかし、自分が社会の中で生きていける程度の努力では、何一つ世の中などよくなりはしません。あるいは、自閉症の彼のように、とてつもない努力を重ねても、世の中からは評価されていない人がいることを理解することもできないでしょう。アメリカ合衆国で有色人種や女性に対するaffirmative actionに対して、最も厳しい見方をするのは自分で努力して社会的地位を得た有色人種や女性であることは有名ですが、人は自分のおかれた状況をすべてであると思いがちです。
自分が乗り越えてきた困難こそが困難であるとも。しかし、多くの人々にとって、そのような困難は、さして困難ではない。そのことを強く自覚して、その事実、そのような世界の中に自分が存在するという事実とどのように立ち向かっていくか、を考えることが、大切なのではないでしょうか。

今日の高校入試も、明日の国公立大学入試も、一人一人にとっては大きな試練です。しかし、それを乗り越えたからといって、一人一人の人生が何か肯定される訳ではありません。それは様々なラッキーが重なった中で、そのラッキーを逃さぬような努力はできた、というだけのことで、他人に誇れるほどのことでもありません。そのことを、彼と机を並べて勉強する嚮心塾の塾生達は学ぶことができるわけです。

そのような、本当に存在してくれることがありがたい彼が、少しは評価できるような社会に、あるいは少なくともそのような会社が増えるように、あるいはそれを理解できる消費者が増えるように、少しでも努力し続けたいと思います。
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