嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

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失敗を重ねるということ

いよいよ明後日がセンター試験の一日目です。塾でも受験生たちが最後のチェックに余念がありません。
しかし、本番までどの教科も思いのままに点数がとれて本番を迎える受験生などは毎年ごく僅かしかおらず、
たいていは解いては失敗し、その反省や分析を活かして解いては、また失敗するという、とても不安になるようなプロセスを繰り返す中で少しでも前進しようともがいています。

その中で、自分の失敗の原因の核心に迫ったと思っては、それとはまた別の要因が見えてくる、というだけでなく、
あるミスの仕方と他のミスの仕方とでそのどちらも防ぐのはトレードオフの関係となり、微妙なバランスが必要になることもまた、多くあります。失敗の反省と分析が「羹(あつもの)に懲りてなますを吹く」になってしまわないように、細心の注意を払って調整をしていかねばなりません。

先が見えない、あるいは見えたと思ってもなかなかそれが壁を突き抜けることにはつながっていないわけですが、
しかし、このような大変な作業に付き合い、少しでも彼らの力を鍛え上げることに専念する中、このような取り組みをできている彼らを非常に羨ましいとも思います。

たとえば、このプロセスの中で、彼らはカール・ポパーの『歴史主義の貧困』など読まなくても、過度に過去を理想視して真似しようとすることも、過度に過去を忌避しようとすることも、その双方ともに現実を損なうのだ、ということを肌で感じていくでしょう。大学受験という通過儀礼(それは、(大学へ進学する層にとっては)この社会において成人式よりもはるかにinitiationとしての役割を担っていると思います。initiationとは試練である必要があるからです。)に際して、様々な精神的な態度を身につけることができるのは、彼ら彼女らにとっては、必ず意味のあることになると思います。

とはいえ、それ以上に重要なことがあります。
センター試験についても、失敗を避けるために徹底的に努力を重ねる訳ですが、それでも必ず失敗は起こります。しかし、その失敗が起きたところからが勝負です。そこで、すべてを諦めるのか、それともそこから諦めないで最後まで戦い抜くのか。
そこで戦い抜くことこそが何より重要です。

失敗をしないための徹底的な準備と努力は、失敗をしたその瞬間に戦えるようにするためである、というと
逆説的すぎるかもしれません。しかし、毎年教えていて、強く実感するのはこの言葉が逆説的でも真理の一端をうがっているということです。準備を徹底的にしていく受験生ほどに、失敗に際して自暴自棄になったりしません。最後の一分一秒まで諦めなくなります。それこそが、本当に重要なことであり、この直前にどこまでも徹底的に準備をしていくことの本当の意味であると思います。

思えば、人生も失敗だらけのものです。どんなによかれと思ってやっていても、どんなに努力しても、思いやりを尽くしても、失敗だらけなのです。僕の人生も失敗だらけでした。過去形ではありません。一昨日も所属してくれていた塾生が一人、なかなかに勉強と真正面から向き合うことができずに、結局塾を辞めるということになりました。大きな失敗です。しかし、そのように(というのは塾をやめないように、という意味ではありません。その子が自発的に頑張れるように、ということです)ならぬよう、あの手この手で必死にやっていたからこそ、塾を辞めるというこのことをまた、その元塾生の成長に資するように、懸命に知恵を絞ることになります。失敗を失敗のままで終わらせるかどうかは、その瞬間以降の踏ん張りであるのですから。

残り一日、センター試験で失敗しないよう、徹底的に準備を塾生たちとともにしていきたいと思います。
それでも起こる不測の事態に対して、彼ら彼女らがその瞬間に少しでも勇気を振り絞れるようになるためにこそ、ですね。

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