嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

受験を振り返って2012③

早稲田大学社会科学部合格(進学先)
早稲田大学文学部合格
明治大学文学部合格
成蹊大学現代社会学部合格  K・S君(西武文理高)
 受験生活を通して感じたことはまず、学問に王道は無しということです。
僕は本当に合格することを望んでいたので、学校の友人達に「こういう効率の良い勉強方法があるよ」と言われると、すぐそっちに飛びついて行きました。そのたびごとに先生に注意されていました。先生からの指導は地道なもので本当に効率がいいものなのだろうかとさえ思いましたが、今になると恥ずかしいことです。
 結局予想外の問題が出たときに一番強い奴はどういった奴かといいますと、まさしくすべての基礎となる地道な勉強をやってきた奴です。それに気が付けた自分は良かったと思いますが、方法論に走ろうとしている人は是非考えてみてください。
 あと塾の中心である先生に対しての感想ですが、誤解を恐れずに述べるのなら今までの人生の中で見たことがない種類の人でした。ニュータイプかもしれません。
 他の当塾の人達も言っているように自分たちがいかに考えずに生きてきたかを思い知らせてくれるということですが、ここまで先生自身が自分をさらけ出しつつ、誤解を恐れず自らが考えへの橋になるということを体現するのは大変難しいことです。その点においても、先生は全年齢対象だと思っています。ちなみに僕は先生の生き方や言動全てにおいて賛同している訳ではなく、たとえば批判的な目を向けたとしてもそれに対する目をしっかりと返してくれるところをすごいと思っています。
 取り敢えず雰囲気でも興味深いな、すごそうだなと感じた方は、是非会って話してみることをお薦めします。
 この塾のスタイルとして、先生からだけではなく生徒からも学ぶことが出来ることがあります。あと、やる気はなくてもその足がかりは用意してくれますが、やる気がある生徒はなおその実力を伸ばすことができます。
 良いところを挙げるとキリがないのでこの辺にしますが、結論として勉強は当たり前のこととして、教えてくれるのはそれだけじゃないよ、ということです。先生、塾の皆さんありがとうございました。この塾に通っていてよかったです。

国際基督教大学教養学部合格(進学先)  K・Y君(桐朋高卒)
この一年を振り返ると、とても苦悩したような気もするし、案外楽しく気楽に過ごしたような気もします。そこらへん、人間って面白いなと思います。その時は人生のどん底みたいに苦しいのに、いざ終わってみると、案外大したことなかったかな、みたいな。ある意味、愚かというのでしょうか。まぁそんなことはどうでもよくて、とにかくこの一年を振り返ってみたいのですが、この1年を振り返って何かモノを言うことが、どうも難しいみたいです。僕にとってこの1年は、よく分からない1年でした。今までの僕は、例えば高校での部活動を通して僕はこうゆうことを学んだ!とか、受験勉強を通して僕はこうゆう風に成長した!とか、どや顔で語っていたのですが、この一年は、そういった意味づけ的なのをすることできません。出来ないというか、する気にならないというか。経験として、確かにこの一年は存在していて、というのも、この1年間で僕が悩み、考えたことは、言語化しなくとも今の自分の中に存在していて、恐らく今の自分の思考やら行動やらの基盤となっていると思うので(多分)、わざわざそれを言葉にするのもどーかなー、と。むしろ言葉の範囲内に留めてしまうと、せっかくの経験が陳腐なものになってしまうような気がして。こんな風に屁理屈たれていますが、実際にはただ面倒くさいだけなんですけど。でもまぁ、先生に「振り返れ」と言われたので、今年1年を頑張って振り返ってみます。
この1年で、僕は「生きること」と初めて真剣に向き合ったような気がします。あくまで、“ような気がする”だけですけど。人間、誰しも80そこらで皆死にます。死なない人なんていません。つまり、人間のゴールは死です。そうすると、僕は、人間は死ぬために生きているのか、という風に考えてしまうことが多々ありました。この考え方は、間違っている気がするけど、でもどこがどう間違っているのか、僕にはよく分かりません。何のために生きるの?という質問に、僕は答えられません。僕たちは、何の為に、どのように生きるべきなのでしょうか?この命題は、一生付き合っていく必要のある命題だと思います。そして、一生かかっても、明らかにならないものだとも思います。でも、向き合わなければいけない。そして、厄介なのは、向き合いつつも、日々暮らしていかなければならない。お金を稼ぐためにやりたくもない無意味な仕事もしなければいけないし、家族や人間関係などにおける世俗的な諸問題に取り組まなければいけない。学生の僕には、それらをこなすことがどれほど骨の折れることか、体感したことはないので、想像するしかありませんが、“生”と真剣に向き合いながら、日々しっかりと暮らしていくことは、恐らく大変なことなのだろうな、と思います。先生を見ていると、痛感します(笑)。僕の両親はまだまだ健康で、経済的にも全く苦のない生活を今は送らせてもらっていますが、いずれは完全に自立しなければいけなくなります。僕が怖いのは、その自立の必要性に迫られるあまり、“生”と向き合うことを、おろそかにしてしまうことです。気づいたら社会人にならなければいけない、わぁどうしよう兎に角どっかに就職しなきゃ、みたいなことは絶対に避けたい。生きることと、暮らすこと、両方を大事にしたいと思います。じゃあどうすればそれが実現するのか、それはよく分からないです。具体的な将来のことは、まだまだ定まっていませんし、努力の方向もいまいち分かりません。でもまぁ、この一年で真剣に生きるための土壌ができたと思うので、これからはパラパラと種を蒔きながら、徐々に成長したいと思います。あぁでも、徐々にとか言っている時間はないかもしれませんね。危機感は必要だと思います。でも楽しく過ごしたいから、そこらへんは適当に(笑)。
合格体験記として、全くふさわしくない文章を書いてしまったような気がします(受験自体には一切触れていません笑)。でもまぁ、こんな受験生もいたんだなぁぐらいに感じてくれると、嬉しいです。
ここまで書いて思うのは、この文章で、僕は、すごく出来た真面目な好青年みたいに自分を描いてしまいましたが、実際にはそんなことなくて、怠け者だし、二度寝とか大好きだし、つまり言いたいことは、この文章のなかの僕は、僕のほんの一面でしかない、ということです。まぁ誰かに向けて書いているわけではないので、そんなことは案外どうでも良いことなのかもしれませんが。
最後に、嚮心塾について。嚮心塾は、僕にとって、全てをぶちまけることのできる唯一の場所です。先生は、別に何か具体的な解決策などをくれるわけではなく(たまにくれますが)、基本的に話を聞いて一緒に悩んでくれます。僕自身、解決策を求めて先生に話しているのではなく、ただ何となく話して、何となく先生の意見を聞く。その程度のことですが、僕にとってはとても大事なことです。なぜ大事なのか、よく説明できないですが。もっと色々先生について書きたいのですが、面倒なのでやめときます。これから入塾するつもりの方は、実際に先生と付き合ってみないと、先生のことは分かりません。自分にとって意味のある塾だ、と思うかは人それぞれですし、別に意味のある塾だと思わないことがいけないことだとは思いません。ただ、実際に先生と話してからでないと、何も分からないですよ、ということです。終わらせ方が分からないので、この辺で切ります。先生、1年間ありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。
                                                        
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