嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

受験を振り返って2012②

中央大学法学部政治学科合格(進学先) 
東京学芸大学中等教育国語科合格  N・D君(都立駒場高卒)

はじめに、今まで何かと支えてくださった方々に感謝の意を表したいと思います。

家族、学校の先生、友人、そして誰よりも、柳原先生に。

第一志望校には残念ながら合格できませんでしたが、嚮心塾での二年半で得られたものは僕の一生の財産になりました。


僕が嚮心塾を知ったきっかけは姉の紹介でした。高2の夏、自分一人で勉強していくことに限界を感じ、指導してくれる人を求めていたのですが、大手予備校は月謝が高いので経済的に余裕が無く、何より大人数での授業は難聴である僕には無理でした。そこで個別指導をしてもらえる塾を探していたところ、姉から「こういう塾があるよ」と聞き、柳原先生とお会いしました。
嚮心塾は先生のアドバイスを元に参考書などを自主的に進めていき、疑問点があれば先生に質問する、というスタイルをとっています。これが自分に合っており、先生から一対一で丁寧に説明してもらえるので入塾を決めました。
先生とは基本的に筆談でしたが、入塾当初、先生から「確かに筆談は話すのと比べて手間がかかるけれど、僕はそれを嫌がったりはしないので、君も質問することを遠慮しないで下さい。」と言われた時は、正直救われたような気持ちでした。僕自身、相手に対して気を遣ってしまう性格なので先生からそう言ってもらえたことは本当に有難かったです。
志望校などを先生と相談していくうちに明確な目標ができ、勉強に打ち込めました。先生の説明が明快で、教科書では得られないような発想を与えてくれたので、こんなにも勉強が“楽しい”と感じられた時はありませんでした。さらに、自分の力が伸びていることが自分で分かるのはこの上ない喜びでした。
最初は先生のアドバイスに沿って勉強を進めていましたが、慣れてくると次第に「この方法でいいのだろうか」と疑問が生じてきて、その都度先生に「こうするのはどうか」と相談し、勉強法をより良いものに改善していきました。こうした試行錯誤を通して判断力を養うことは、単に数学や英語など個々の教科を勉強すること以上に重要だと思います。このプロセスの中で“物事を自分で考える力”身に付けられたのは非常に大きかったです。

高3になってからは定休日以外ほぼ毎日塾で勉強していました。スポーツ漬けだった中学時代とは対照的に、一日の大部分を勉強して過ごしていました。このときの志望校は京都大学でしたが、秋の時点でもまだまだ実力差は大きく、とりわけ数学と英語が極端に苦手だったため、ひたすら基礎を強化する日々でした。そうしてセンター試験を迎えましたが、対策不足もあり結果は散々なものでした。その後二次試験での挽回を狙い京大法を受験したけれども、案の定落ちました。ここから僕の浪人生活が始まりました。
まず、現役の頃の反省から取り組みました。全体的に学力不足だったことは勿論ですが、自分自身を達観してしまう癖があり、現役時の実力をみて「浪人になっても構わない」と少なからず思っていたことが敗因の一つだったと思います。本気で“勝つ”ことを信じている人間しか受からないのだと気付きました(例外もありますけど)。浪人時代の生活は、朝は家で世界史を二時間ほどやり、ランニングなどトレーニングをして、昼食を食べた後塾に行って20時くらいまで勉強し、家に帰ってから夕食、そして夜12時半まで単語暗記といった具合でした。また、塾費のため週二で家庭教師のバイトもしていました。このペースを夏まで維持していましたが、夏が終わるあたりから朝の勉強時間をそれまで通り確保するのが難しくなり、自分の意志の弱さを思い知らされました。そこで、秋の京大模試が終わった後はセンター試験に集中するため朝から塾で勉強しました。苦手だった数学と対策不足だった地理を中心に取り組みました。ですが、ここに失敗がありました。何回かセンター過去問を解いてそこそこ点を取れていたことに安心して生物の対策を怠り、学習不足だった分野が本番で出題され、思いのほか時間をくってしまいミスを連発しました。地理も過去問の点数は安定していたけれども、小手先のテクニックにこだわりすぎ、本番では知識不足が露呈して予想していたような点を取れませんでした。先生がいつもおっしゃっていた「常に最悪の事態を想定して勉強する」ことの大切さを痛感しました。結局今年もセンターの点数がボーダーラインに達しなかったので志望校を落とすことも考えましたが、一年間真面目に勉強してきたという自負はありましたし、あとで後悔しないよう京大受験を決めました。そして京大対策を始めましたが、その時の問題点は数学でした。この一年間で思うように伸びず、模試でも数学はいつも最悪な点数でした。今改めて反省すると、数学の勉強法がしっくりこないままとにかく問題を解いていたので、あまり身に付かなかったのだと思います。センター後の1ヵ月でやっと数学の勉強法が分かってきました。しかし、時すでに遅し。やはり時間が足りず、本番は数学で失敗しました。もちろん結果は不合格です。
「君は聴こえない分、人の2倍3倍努力しなさい」という先生の課題は果たせなかったと思いますし、僕の勉強不足が招いた結果です。後悔はしていませんが、京大に心残りがないかと言ったら嘘になります。それでも京大を受験したことは僕を大きく成長させてくれました。先生から教わった受験時の心構えは人生のあらゆる場面で応用できるもので、様々な教えが生きてくるのはむしろこれからだと思います。嚮心塾で培った“考える力”を大学で存分に発揮して、人間としてさらに成長していきたいです。

もう一つ、嚮心塾に入って良かったことは、柳原先生という「知の巨人」に出会えたことです。勉強関係のこと以外にも哲学からサブカルチャーまで様々な事柄に対して造詣が深く、先生のお話の一つ一つに新たな発見があり勉強よりもむしろそのお話の方が面白かったです。時事問題や本の内容について先生にご意見を求めると、批評家やジャーナリストの言うようなありきたりな答えではなく僕が今まで考えもしなかったような視点から説明して下さり、自分の浅慮さ、人間としての小ささを痛感させられ物の見方を広げるきっかけとなりました。そして、年下だからといっていい加減に扱わず、真剣に向き合って下さったことが嬉しかったです。

これから受験に臨む皆さんに言いたいことは、できるだけ早い段階から自分の将来のイメージを作り、大学で何を学びたいかを考えておいた方が良いということです。
僕が進路を最終的に法学部に決定したのは高1の終わり頃でしたが、今振り返ると、小学生の時にはもう決まっていたように思います。法学部にした理由は、小さい頃から世の中の理不尽さ(政治家・官僚の不正、弱者の境遇など)に不満を抱いていて、高校生になってからは本気で「この国を変えたい」と感じるようになり、政治について深く学ぶには法学部に行くのが最適だと思ったからです。
まだ遊び盛りの学生のうちから将来の方針を決定するのは難しいかもしれません。しかし、だからといって「大学生になってから考えればいい」と安易に割り切ってしまうのも自分の人生に対して無責任な態度だと感じます(自分の人生だからほっといてくれ、と言うならばもう何も言いません)。部活や趣味などに打ち込んでいる中でも自分の将来について思いを馳せ、大学で何をしたいか、何をすべきかを熟慮した上で進路を決定し、受験勉強に取り組んで欲しいと思います。
「どこでもいいから偏差値の高い大学・学部に行きたい」というのは、無機質な受験勉強に自分を駆り立てる手段としては良いと思いますし、そういう向上心を持つことは大切です。しかし、それだけでは非常に浅薄でつまらない動機だと思います。なぜなら、大学に行くことの目的が欠けているからです。合格した後には何が残りますか。満足感と解放感、あるいは虚栄心しか残らないのではありませんか。大学でも勉学に励む自信はありますか。
実際は、大学合格を“終点”と勘違いし、怠惰な生活を送る(もちろん、バイトやサークル活動などに勤しむのは構いませんが、あくまでも勉強が学生の本分ですし、必要以上に飲み会やコンパに参加するのはどうかと思います。たとえ人間関係を築くために不可欠だとしても)人がほとんどでしょう。大学合格とは人生における一つの“区切り”に過ぎません。ある区切りで一息ついたら次の目標を設定し、その目標を達成すべく努力し続けていく、というのが人間として生きていく上で必要なことだと思います。ただ、全員がそういう人間になれるわけではない(僕も然り)のは分かります。それでも、自分自身を少しでも研磨していこうとする意志は常に持つべきです。
また、「勉強なんて意味がない!」とか「受験勉強なんてくだらない!」とか言う人もいますが、それはたいていの場合、ただの現実逃避ではないでしょうか(あなたがそう思わざるをえなくなってしまう周りの環境や受験システム及び社会にも責任はありますが)。「意味が無い!」と断じる前に、なぜ自ら意味を見出そうと努力しないのですか。勉強の意味を見つけられないのはあなたの想像力の問題ではなく、気持ちの問題です。必死に意味を探していけば必ずそれを見出せると思います。ここで勉強の意味を考えることすら面倒臭いなどと言っていては結局何も出来ないままに終わるでしょう。自ら考えることを放棄した時点で、人間は人間でなくなります。“考えること”が人間を人間たらしめる最も重要な要素です。あなたが人間であるならば、あなたがあなたでありたいならば、決して“考えること”を止めないで下さい。勉強することの意味を探し続けて下さい。
嚮心塾には、教育の視点から国を変えたいと考えている人や、医者となって人を救うことを目標としている人など、目的意識をしっかり持ち受験勉強に励んでいる生徒がいて非常に刺激になりました。大学が求めているのはこういう人たちです。目的があれば大学でも勉強に励めます。目的を持たず大学に入り何となく過ごし、受験勉強の中でせっかく鍛えた“自分の頭で考える力”を大学で衰えさせてしまうことほど馬鹿なことは無いと思います。その“考える力”が本当に必要とされるのは大学生、社会人になってからです。受験と違いマニュアルの無い世界でいかに自分の能力を発揮できるかどうかは“考える力”にかかっています。
限りある人生の中でおそらく最も“自由”が許されるであろう大学時代を“好き勝手なことをする”で終わらせず有意義なものにするためにも、明確な目的意識を持って大学に行って下さい。

まだまだ未熟な人間が何かと偉そうに言いましたが、僕の経験や考えが、皆さんが勉強を進めていく上での、または生きていく上での一助となれば幸いです。周りのふわふわした空気に流されず、自らの生きる意味を考えながら勉強し、“真の受験生”になって下さい。そして、大学でも自分を成長させることができるように自己鍛錬を欠かさないで欲しいです。何はともあれ、皆さんが栄光を手に入れられるよう願っています。

東京大学理科Ⅰ類合格(進学先)
慶應義塾大学理工学部合格
早稲田大学基幹理工学部合格 M・Y君(創価高校卒)
自分の受験生生活(?)を振り返ってみたいと思います。高3の現役のとき、自分は受験を完全になめきっていました。塾をさぼってゲーセンに通う日々を過ごし、学校の授業は寝るか内職をする毎日。しかし、学校の定期試験では試験の数日前から勉強して学年でも上位の成績をとっており、11月に駿台で行われた東大実戦模試ではA判定をとっていました。自分はなんだかんだで東大に合格するのだろうと過信し、日々をなんとなく過ごしていました。が、当然世の中はそんなに甘くなく、不合格。
 それでも落ちてからしばらくは、自分はたまたま得意教科の数学でケアレスミスをしたから落ちたのだと思っていました。その状態で自分は浪人生の4月から8月まではK予備校に通いました。K予備校はとても厳しいことを売りにしていたのですが、逆に厳しすぎて勉強にやる気がでませんでした。初めの頃は「どうせ次こそは受かるだろう」と思っていたので余計にやる気がありませんでした。しかし、K予備校に通っているうちに、自分が予備校にさせられている勉強に疑問を持ち、「ここに通っていたら受からない。」と感じ、8月で辞めて、この塾に通うことにしました。そして、自分が「たまたま」ケアレスミスをしたから落ちたのではなく、ケアレスミスをする可能性を減らす努力や、万が一数学で失敗した時の為に他の教科にも力を入れて勉強することを怠ったから落ちたのだとこの塾で先生と話す中で自覚し、そうしたことに力を入れて勉強しました。普通の大手予備校では細かい(無駄な)知識はいくらでも教えてもらえますが、本番の試験で実際にどのように対処するか(上手くいった時はどのように見直すか、上手くいかない時はどのように問題を捨てるか等々)をじっくり教わることのできる機会はまずありません。この塾では先生に上のようなつっこんだ質問をしてもそれぞれの生徒の立場に立ったアドバイスをもらえるのが非常に良かったです。
 浪人生としてこの塾に通った中での最大の収穫は、こうした勉強の中で培った、失敗を予知し、回避する能力や失敗してもその中でベストを尽くす為の立ち回り、といったことだと思います。(東大の受験はまさにそうした能力が問われるものでした。)
 また、この塾で様々な「ユニーク」な人たちと一緒に過ごし、多くの話が出来たのは素晴らしい経験だと思います。自分という人間の小ささを思い知らされたと同時に、様々な物の見方を知ることが出来、また「考える」とはどういうことかを考え直すきっかけにもなりました。勉強や学校のことで思い悩むことがある人は、この塾で話してみると良いかもしれません(何という勧誘(笑))。

慶應義塾大学医学部合格(進学先)
北海道大学医学部合格    
防衛医科大学(補欠)
順天堂大学医学部1次合格
日本医科大学医学部1次合格 K・H君(西武文理高卒)
私が受験生活をすごしてきた中で重要だと感じたことは「強い意志を持つ」ことです。どうして自分が勉強しているのか、どうして医学部を目指しているのかなど、自分なりの理由でいいので考える必要があると思います。私は二年と少しこの塾に在籍していましたが、高3一浪時にはただ漠然と日々を過ごしていました。やはり受験に対する認識も甘く、自分で勉強することも余りなかったために成果を上げることが出来ませんでした。この塾は基本的に本人の自主性に任せるタイプの塾であり、自分の分からないことを先生に尋ねる勉強スタイルなので本人の意思が大変重要だと思います。私の意志がしっかりと固まったのは、一浪目の十月。そこから先は少々のことではへこたれずに努力を重ねることができ、また勉強だけでなく先生や他の生徒達と会話をすることで多くの異なる考え方に触れることが出来、人間的にも成長できたと思います。
受験はばかばかしいことかもしれませんが、人生の分岐点でありこの先を決める大切なことなので、しっかり考えて時間を浪費しないためにも自分なりの「答え」を見つけて、努力してほしいです。
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