嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

現実から、目をそらすな。

 今年は過去最多の人数の受験生(21人)で、てんやわんやの一年でした。その中で、思うように結果が出せなかった受験生ももちろんいるものの、全体として必死に頑張り、納得のいく結果を出せた受験生が多かったように思います。その結果は僕が誇るべきものではなく、やはり一人一人の受験生の努力の結果であると思っています。
「そんな綺麗事を言っても、うちの子は一年間必死に努力しても志望校に合格できなかった。努力だけで何とかなるわけがなく、才能やその他環境の要因もあるのだ!」と言いたい方もいらっしゃるかもしれません。しかし、僕はそれこそ、東大理Ⅲや京大医でもない限り、努力をすれば、必ず合格できると思っています。ただ、その「努力」の内実こそが問題であるのです。
 さぼっている受験生や予備校や塾に通っているだけで勉強している気になっている受験生は論外としても、懸命に自分で努力しているつもりなのに力が伸びないときには、自分自身が勉強する努力にかまけて、自身を観察する努力をさぼっていないか、チェックすることが大切です。たとえば得意な教科ばかりに時間をかけて、苦手なところに目を背けて手つかずになっていないか、あるいは1つの教科の中でも得意な分野にばかり時間をかけて、苦手な分野をほったらかしにしていないか、などを絶えずチェックし、自分の勉強に偏りがないかどうかを気をつけながらやっていかねばなりません。「得意な教科(分野)で点さえとれれば十分合格点に達する!」という淡い期待が裏切られるのが一発勝負の受験であるからです。
 結局いくら長い時間勉強をすると言っても、自分の願望を事実とすり替え、「こうであってほしい!」を「こうに違いない!」と思いこんでいるようでは、やはり「努力をした」とは言えません。自分の中の身勝手な願望を疑い、検証し、受け入れたくない事実を直視した上で、足りないところを埋めていく、という姿勢こそが本当の努力であるわけです。それをしないで「毎日15時間勉強したのにだめだった!努力が足りないとは言わせない!」というのは、非常に甘えた態度でしょう。
 もちろん、そのように自らの状態を絶えずチェックし、苦手なことにも勇気を出して取り組む、という姿勢を自ずからできる受験生というのは、優秀だとされる受験生の中でも実は、ごく稀な存在です。たいていの受験生は自分が既に得意であるものをbrush upすることには熱心であるものの、苦手なものを丹念な努力で克服しようとすることにはなかなか取り組めずにいます。しかし、そこで彼ら彼女らの勉強する意志を自らのささやかな全能性の中にとじこもらせるのではなく、たえず足りないところを克服することへと向けさせていくことこそが、指導者の役割ではないでしょうか。(実際に今年の受験でも、今年の入試でも東大に合格した受験生は数学と理科が得意でしたが、英語と国語に関しても点を取れるように勉強していくことの必要性をよく分かり、苦手ながらも懸命にやっていました。今年は数学でも理科でも思ったようには点数をとることはできませんでしたが、国語と英語で予想以上にしっかりと点を取ることが出来、無事に合格できました。一橋大に合格した受験生は、数学の中でも整数問題が直前まで苦手でしたが、直前に整数問題が苦手なまま受験してはまずい!ということで整数問題を繰り返し様々な問題を解きました。その成果があって、本番では数学が難しかったものの、唯一完答できたのはその一番苦手な整数問題でした。)

 「人間は、ありのままの現実ではなく、自分が見たいような現実を見る。」ということが人間の本質的な傾向だとしても、そのようなごまかしは結局どこかで破綻するわけです。受験などはその破綻が「不合格」という形でまさに明らかになるわけですが、そのようにクリアな形で現れなくても、現実をごまかしたが故の破綻は、必ずや人間社会に取り返しの付かない部分として蓄積をしていくのだと、僕は思っています(もちろん、全ての不合格がごまかしの結果であるなどとは言えません。懸命に現実を見据えた努力を重ねても、届かないことは確かにあります。しかし、そのような姿勢からはその次の一手が生まれてくるのだと思います)。
 だからこそ、たとえば受験勉強という、期間限定の矮小な努力だとしても、その中で徹底的に現実を直視し、足りないところを埋めていく、という作業に集中して自己を鍛えることは、とても大切なことだと思います。そこすらごまかしの積み重ねで努力した気になっている人々には、解決するのがより困難な現代日本の抱える様々な諸課題を解決する力は、いや、そもそもその存在に気付く力すら、もちえないと確信するからです。

 努力をした気になって、自分をごまかしたまま受験をするのではなく、自らの足りないところを直視し、徹底的に鍛える一年を、受験生の皆さんとすごせるのは(もちろん非受験生の皆さんとであればなおさら)、大きな責任を感じざるを得ないと共に、この上ない喜びです。 そのような研鑽の場としての、嚮心塾に興味をもって参加していただけるとうれしいと思っております。            2012年3月10日 嚮心塾塾長 柳原浩紀
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