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嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

「目的来店型」の塾。

今年は現役生がだいぶ合格=進学しているので、塾の経営がやばいです!!
それでも合格してくれることには喜びしかない、というのもまた面白いところですね。

さて、ラーメンマニアなら誰でも知っている有名店主さんである渡辺樹庵さんが最近Youtubeを始められて、deepな話を毎回聞けるので僕もチェックしているのですが(話は変わりますが、テレビがこれだけ廃れて、Youtubeがこれだけ発達して芸能人もそこに参入して成功しているのは、一人一人の話を深堀りする、という番組がテレビではもうほとんど絶滅しかけている、ということにもよるのだと思います。最大公約数的に誰もが見るけど誰もが見たいとは思っていない番組を作っていった結果として、一人一人の話を深堀りできなくなったメディアが現在の末期症状的なテレビである、と思います)、その中で「目的来店型」と「衝動来店型」というラーメン屋さんの違いについて話をされていました。

おそらくこのワード自体はミシュラングルメガイドの三ツ星の定義が「旅の目的になるレストラン」というところからきていると思うのですが、コロナ禍で飲食店が苦境に立たされる中で、「とりあえず繁華街で人通り多いところでそこそこおいしくて入りやすいお店開いておけば儲かるでしょ!」といったお店が家賃の高さも相まって閉めざるを得なくなる中で、立地が悪かったり行列ができたりでハードルが高いけれどもそれでも「このお店じゃなきゃ食べられない!」というお店はこのコロナ禍でもその強みを発揮して、あまり影響を受けていない、というお話でした。

とても勉強になるとともに「嚮心塾も目的来店型を目指さなくては!」という気づきを得られて良かったです!


というところで終わると、「あれ?あいつ、とうとうあのうざい長文書けなくなったか!」と悲しまれるコアなファンの方も数人はいらっしゃると思うので、長々と書きますが、たとえばラーメン店にしても目的来店型になるためには、実は「おいしいラーメンを提供する」だけでは無理だと思っています。そこのお店で食べる、ということ自体が味はもちろんおいしいとして、その店主さんの仕事ぶりや空気感、お客さんの雰囲気、その他諸々が他では得られない特異的な体験であるからこそ、そのお店は「目的」になりうるわけです。

面白いのは、ここでそのようなラーメン店主は「感動体験!」を全く目的にはしていないところです。もちろんそういう「あざとい」お店も中にはあるのでしょうが、そういったあざといお店はそれほど感動もできなければ、目的にもなりえません。「お客さんに美味しいものを食べてもらいたい」「お腹いっぱいになってほしい」などといった彼ら彼女らなりの目的へと必死に邁進することが、彼らの「個性」を際立たせていきます(マックス・ウェーバーのSacheですね!)。そのような人生をかけた必死の努力の結果として、その日々の努力やその成果を感じるお客さんが店主さんのその個性を尊重するために、お店自体が一つの「場」としての力をもち、互いに配慮したり様々な不都合(行列が長い、とかサービスが悪い、とか愛想がない、とか)といったものを乗り越えて店主さんの努力している部分を評価し、味わおうとしていく、という表層の部分での評価基準を乗り越えようとする企てが生まれてくるわけです。

これを学習塾や予備校にあてはめれば、「俺の話を聞くと人生が豊かになるぞ!」「感動体験できるぞ!」というバブル期の予備校講師のような「人生の師」となりたがるような授業がその「あざとい」ラーメン屋さんにあたるのでしょう。一方で淡々と授業の質や指導の質、さらには自分自身の勉強を徹底的にやっている講師がいる塾において、もしそのような型に魂を込めることから自己の生き様が溢れ出てきているのであれば、それは「目的来店型」になるのかもしれません。たかがラーメンであるように、たかが受験指導です。そんなくだらないことから「人生に大切な何かを伝える」などと大上段に自己の営みを正当化することは不可能です。所詮は各々の、あるいはその親御さんの「受験勉強頑張っといたらその後より有利な人生を送れるでしょ!」というエゴイズムの道具として機能しているだけにすぎないからです。それが「教育」という衣をまとった瞬間から何らかの意味のある行為に見えてやりがいを感じてしまう教育者というのは、人々の共同幻想に甘えて自己規定をしているだけだと思います。もちろん、嚮心塾の場合は受験指導にとどまらず、様々な生徒の悩みや苦しみを引き受け、サポートしていくことをも目標にしてやっているわけですが、これもそれ自体は何かしらの価値があることではありません。彼ら彼女らに話す相手が周りにいなくて、たまたまそれをこちらが引き受けている、というだけのことです。まあ、「王様の耳はロバの耳!!!」と深い穴に向かって叫ぶ時、その穴が偉いのか、という問題ですよね。それを教師が「一人一人の誰にも言えない悩みを自分は引き受けられている!」といった自己肯定感の根拠としてしまうのは、他者を自らの存在理由に利用する、不誠実な生き方でしかないと思います。

しかし、そのようなくだらないことにも、人生を捧げて、必死に悩み抜き、努力を続け、その結果として生き様が溢れ出ることはできるかもしれません。ラーメンなんかくだらないのと同じで、教育なんかくだらない。ただそこに、人生を懸けないかといえば、懸けて必死に取り組むしかない。そのように考えています。いつか、嚮心塾が「目的来店型」になれるときのために、今年も必死に取り組んでいきたいと思います。

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2020年度受験を振り返って(その7)

(昨年度の体験記が届きました!)

K・H君(海城高卒)   日本大学松戸歯学部合格(進学先)

今回このような体験記を書けていることに安堵しています。浪人生活を終えることができたのは嚮心塾の力が大きいです。今年は、今まで自分が逃げてきた自分の弱さに向き合う一年でした。

まずは自分の弱さに打ち勝てず、現役全敗に至った中高時代の話をしたいと思います。
海城に進学した私は、優秀な周りについていくのに必死でとりあえず与えられたものをこなしひたすら暗記しました。その暗記もテスト前日から当日にかけて行う一夜漬けで、もちろんテストが終わればすぐ忘れます。
中2の二学期期末までこの勉強法をしていましたが、校内成績は50番以内でした。正直勉強を舐めていたと思います。変化が起きたのは中2の三学期学年末テストです。いつも通り前日まで何も勉強せず過ごしていたら、その日の夜にインフルエンザにかかりました。学年末テストは全て受けませんでしたが、学年末の成績は見込み点によって問題無く中3に進級できました。表面上は問題ない様に見えるこの2年の学年末が中3の一学期中間テストに響いてきます。それはサボりでした。
中3の学年末何もしなくてもなんとかなってしまった私は、サボるということに味をしめてしまったのです。そこからは中2までの好成績は嘘のように消え、みるみるうちに順位は落ちていき這い上がることのできないところまで落ちてしまいました。高2までにいくつか塾にも通いましたが基礎の埋まってない自分にとっては不安定な土台にモノを積んでいくようなもので、根本のサボりについてのケアがなく、何の意味もありませんでした。
勉強をやらなかった私が何をしていたかというと、部活(硬式テニス部を6年間)、遊び(内部はもちろん他校、海外の友人もいるぐらい交友関係は広かったです。)の2つは勿論なのですが、この二つぐらいなら勉強との両立は可能だと思います。その2つ以外のゲームが勉強するべき時間にどんどん浸食していったのがまずかったです。
後で調べて分かった事ですが、ゲームのようにすぐ手に入る快楽、短期的報酬に脳が慣れてしまうと、勉強のように苦労の先に達成感を得る長期的報酬を得ることよりも先に、短期的報酬を求めてしまうので中毒になりやすくSNS中毒も同じ原理だそうです。ちなみに自分がハマってしまったゲームはモンストと荒野行動です。(2020年はこの二つのアカウントを売って、完全に消したのが自分の密かな成長です。)このような学校生活を送り現役の受験は全敗に終わります。

こうして一浪としての生活がスタートしました。
先生と相談してまずは基礎からやり直しということで、センターより下のレベルでの勉強を開始しました。この時点で受験生としてのスタート地点にも立てていない、危機的状況にあります。中高6年間のツケはこういうところに現れてきます。中高6年間のツケはこれだけでなく、勉強の体力という面にも影響してきます。簡単な話、集中力が持たないのです。これには一年悩ませられることになります。習慣というのは良し悪し関係なく変えることが難しいからです。そして集中力の持たない自分が次に何をするのかというと、サボりです。あらゆる言い訳を自分にし、隙あらばサボります。サボりすぎて塾に行く時間がバラバラな自分のために、タイムカードが実装されたのは内緒のお話です。当然先生が見逃してくれるわけもなく、何回も注意されます。
自分の悪さはサボる際に嘘ついて誤魔化すことにあります。当然その嘘は見破られ、嘘を重ねることは先生との信頼関係を悪化させます。この行為は先生が親‐自分間の受験ストレス緩和に尽力していたのに、それを水の泡にするものであり、サボる→とやかく言われたくない→嘘をつく→バレる→親が狂暴化する、の負のループが出来上がりました。
同じ過ちを繰り返してしまう不甲斐ない自分にも、先生は根気よく付き合ってくれ、自分の行動を細かく分析し処置を施してくれました。これが普通の集団塾なら、自分みたいな生徒は塾代を納めるだけのお客に成り下がります。しかし嚮心塾はこんな自分みたいな生徒も何とかしようと、向き合ってくれます。嚮心塾には医学部や東大に入っていく生徒もいますが、自分みたいな出来の悪い生徒も少なくないです。ただそんな生徒にこそ向き合ってくれるのが嚮心塾です。
厳しい叱責もありましたが、浪人生活を終えることができたのは、嚮心塾のおかげです。
海城高校時代の担任には、合格報告に行った際に「絶対多浪すると思っていた」と驚かれました。それ程に自分が大学受験を一浪で終えることは、難易度が高かったということです。
とはいえレベルの高い大学ではないので、自分にもできたということは誰でもできると思います。自分が勉強出来ない方であったので、出来ない人の気持ちは良く分かります。
分からない、続かない、後回しにする、遊ぶ等、こういった勉強が出来ない要素に対して、先生は一つずつ丁寧にアプローチしてくれます。そこには本人の意志も大事になってきますが、堕落し続けることに対して何も思わない人はほとんどいないので大丈夫です。自分を変えたいけど方法が分からないという人がほとんどだと思います。そこで必ず嚮心塾の先生が生徒の力になってくれるので、安心して毎日通うことを強く勧めます。
先生は勉強面だけでなく精神面や私生活などあらゆる相談に乗ってくれます。
先生に多大な感謝と親に感謝の意を表しこの体験記を締めたいと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。

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2021年度受験を振り返って(その6)

匿名希望   北里大学 医学部 授業料免除(進学先・第一志望)

再受験生なので、この塾での一年間のことを主に書きます。
私は最初大手予備校に入りました。しかしコロナによってオンライン授業になり、浪人を決断したのは間違いだったのではと、とても不安になりました。そこで自習する場所や個別指導を探している時に、ここの体験記を見ました。勉強の進め方は勿論、他の塾にはない試験中の実況中継や生活面までみんな詳しく書いてあり、この塾ではここまで生徒に寄り添い色々なことを考えさせていくのかと、とても衝撃を受けました。また、理3のチューターさんの「受験勉強においては才能もない。あったのはただ、諦めの悪さだけです。」「1年延びようが10年延びようが、自分の信念を諦めることに比べたらたいしたことない。」と書かれた体験記では涙を流しました。(とても素晴らしい体験記なので是非2020年に遡ってみて下さい。)このように親身な先生と素晴らしいチューターに付いていきたいという思いで、大手予備校はやめ、ここに毎日通うことにしました。
 いざ、始まると自分に甘い性格が露呈し、日々それとの闘いだったので、問題点を箇条書きにし、先生とどのように改善していったか書いていきます。

・午前から頭が働かない。
 原因は体力がないか、夜寝られないため睡眠時間が足りないかです。普通は気合論を説いてきます。気合いで改善できたら、苦労しません。自分での解決策は、夜は端末類を全て父に預け、午前は海外のカフェインの粉を塾に置かせてもらいずっと飲みました。それでも朝はテンションが低く気を抜くと二度寝してしまうので、先生に相談したところ、家族間で登校時間は8時の約束でしたが、毎日9時・ひどくても12時と無理のない目標を設定し、遅い時は毎回理由を述べました。「何時に寝たのか、何故遅くなったのか」から始まり、解決策も考え、帰る直前も声をかけてくれました。今までは言い訳ばかり考えていましたが、柳原先生は何でも受け入れてくださるので本当のことを口にすることができ、自責の念が深まります。また、周りが毎朝いることが分かるので、恥ずかしさも戒めになります。昔は平気で遅刻していましたが、今では起きるべき時は自分で起きて活動できるようになりました。

・暗記ができない
 単純作業が苦手で、演習することで覚えていましたが、覚えるべきことを覚えるとスピードにもつながります。柳原先生は毎日口頭でテストをしてくれました。英単語は、先生が口頭で発音し、私がその綴りを書きながら意味を言うというテストでした。他塾ではプリントを配るだけなので、綴りか意味かの片方しか出来ませんし、強制力もありません。私は英作が必要になってから綴りは覚えればいいと思っていました。しかし何周もするうちに似たような綴りの単語と意味をよく間違え、その対策が綴りもセットで正確に覚えることだと先生が教えてくれました。そのおかげで、英語は細かい文法まで手が回りませんでしたが、私立の長文は解けました。その他にも、英熟語や無機化学も口頭テストしていただき、暗記すればとりあえず解ける分野は「やればいいんだから」と好きになりました。

・復習ができない。
恥ずかしことに、それまで計画性がなく飽き性のため、一周やりきった問題集は少なく、単語帳すら途中で断念する程だったので、当然何周もしたという経験がありませんでした。しかし、この塾では、授業がないためその分演習にあてられるので、予習・復習が同時にできるようなもので、復習ができないという悩みは必然的になくなります。自分で解き、問題点を見つけ、解決する。そして類題でアウトプットする。忘れた頃にまたその流れでやる。どんなに素晴らしい授業を聞いても、この繰り返しをすることでしか、身に付きません。どの参考書をどんなペースでやれば繰り返せるのかは、先生が一人一人に指導してくださるので大丈夫です。単語帳は初めてボロボロになったので、捨てずに思い出にとっておきます(笑)

・全教科のバランスがうまくとれない。
 気分屋なので、一日における各科目の勉強時間や一科目の中でも放置してしまった苦手分野があるなど、偏りがありました。一日何を勉強したか報告し、次の日の計画をたてることで、放置する分野はなくなりました。勉強時間の偏りは先生から見える位置に座ることで改善していきました。先生は歩いて回るため、全員分把握していますが、敢えて自分からも先生が見えることで集中力の向上にもつながりました。個別指導に通ったこともありますが、集団授業を一対一に変えただけで、各科目断片的で総合点にはつながりませんし、自習時間までは管理してくれません。高額払うだけ無駄です。これは、全教科を教えることができる柳原先生だけができる指導であり、この塾の醍醐味です。

・過去問を有効活用できない。
 変にこだわりが強く、穴が埋まる前に解くのを避けていました。当然穴が埋まることはないのでやらずに終わっていたかもしれません。
英語は過去問を解くことで、文法の穴を埋めていきました。先生は長文問題も品詞分解させ、文構造が分からないところを教えてくださったので、英文読解の勉強も同時にできました。文法問題は勿論、長文問題も文法で選択肢をきる教え方をしていただき、今までノリである程度解けていましたが、試験が終わった後正確に何割とわかるまでになりました。また、先生はその場で長文を解くこともできるので、毎日長文問題を質問できました。全生徒分解いているので本当にすごいと思います。
数学・物理・化学は、チューターさんに質問しました。赤本にない別解や周辺知識も教えて下さりました。その場ですぐ解いて下さるので、上位層のスピード感や解くまでの思考過程もわかります。

どの科目も各問題にかかった時間、解いた順番を毎回先生に報告するよう言われます。特に理科は二科目のため時間配分が命です。先生と毎回作戦を練ることで、本番では難問や出題ミスに動じず、自分の取れる問題を確実に合わせ、自分の実力を最大限に生かせます。過去問は勉強の成果をはかるものに使われがちですが、時間をはかって自分の行きたい大学の問題を解くため、その復習で得ることは多いです。使い方がよくわからない人でも、先生方の指導を受けることで、赤本を最大限に有効活用できます。

・情緒不安定。
受験生によって、メンタルがぶれる時期は異なります。6.9月に中だるみする人、直前期に緊張する人、試験中に自信喪失する人など様々です。周りは「努力は裏切らないから頑張れ」としか声をかけません。しかし、柳原先生は勉強に集中することが出来ない、勉強以外の悩みまで相談にのってくれます。私の場合、誰にも話していなかった勉強以外の悩みをずっと抱えていていましたが、アドバイスをいただいたり、両親と話すきっかけも作ってくださり、勉強に集中することができました。

・面接対策
私は昔から変わっていて社会不適合者です(泣)小論文は解いた答案の添削をお願いしました。面接では、志望動機を無難な答えにするか自分特有のことを述べるか迷いましたが、何千人もいる中で印象に残った方がいいと先生にアドバイスをいただき直前まで練りました。自分の人とは考えが違う部分をプラスに変えることができました。また、医療ネタ対策として地域医療やALS患者さんについて考えた際、例えば「障害者の生きる役割が分からない」という私の非人道的ではありますが、誰もが綺麗ごと抜きでは考えたことがないような質問にも、向き合っていただきました。ただ答えを言うのではなく、参考になる東大の過去問の文をすぐにコピーし下さり、また対話をする中で自分なりの答えをだしました。よくある一問一答の面接対策とは違い「できた人間」を作り込むことができたので、用意してない質問にも答えることができました。面接官にも「今までこんなこと言った人はいないよ。」と非常に感動され、年齢や性別のハンデも払拭するくらいの評価をいただけたと思います。これは、人生をかけて様々なことを深く考えてきた柳原先生との対話でしか成しえないものであり、私は今後も機会があれば教えを乞いたいと思っております。

以上のことから、私は授業料免除という国立大学以上に望んだ結果を収めることができました。
北里の試験では、数学があまりにも埋まらず、英語までの休み時間ずっと泣き、全体の出来を踏まえたうえでも「この大学とは縁がなかった」と泣きながら帰りました。それでも正規合格だったので、自分ができない時は周りもできていないと自信を持つべきです。少なくとも、この塾で訓練してきた生徒はそうなれるので、自信をもって欲しいです。
今、私の上記のような悩みを抱えてる方や受験するか迷ってる方の少しでも参考になれば幸いです。
最後になりましたが、私の勉強だけでなく社会復帰まで支えてくれた柳原先生、大学の試験があっても毎週長時間質問に答えてくださったチューターの方、一年間本当にありがとうございました。

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2021年度受験を振り返って(その5)

O・Kさん(立教女学院高3) 
東京外国語大学言語文化学部ロシア・ウズベク・モンゴル学科合格(進学先)



私はこの4月から第一志望校の東京外国語大学に進学することが決まりました。今年受験した唯一の大学でした。

私は中学受験をして、大学附属の中高一貫校に通っていました。この学校は中学から英語教育に力を入れているのが売りで、英語の特別プログラムなどもたくさん用意されており、私はそこそこ楽しんで参加していました。とにかく英語の長文を読ませ、英語に慣れさせることが中心の授業だったため、文法はざっくりとしたことしか勉強していませんでしたが、試験は授業でやった英文を丸々暗記すればなんの問題もありませんでした。恥ずかしながら、私は"本質を理解しないままの丸暗記だけでどうにでもなる"試験で毎回高得点が取れるのをいいことに、(中学3年の時点で英検2級を取得していたのもありますが)中学時代は自分は英語がものすごく得意なんだろうと思い込んでいました。実際全くそんなことはなく、高校に上がると同時に、自分は別に英語ができるわけではなかったということを痛感しました。文法や語法の知識がきちんと身に付いていなかったためにしばしば躓くようになっていたからです。附属の大学には進学せず大学受験をする、と決めたものの、高校1年の間はろくに勉強をしていませんでした。英語は躓いたままでしたが、前より英語ができないな、という程度に考えてあまり気にしていませんでした。

受験勉強を始めたのは高校2年の4月からで、はじめは河合塾に通っていました。受験勉強とはいってもその時は英語だけで、一番上のクラスで受講していましたが、そもそも文法語法の基礎が全くといっていいほど身に付いていなかったため、入試問題をひたすら解くという授業は恐らく今の自分には意味がない、自分はそのレベルに達していない、と思い河合塾をやめました。そして高2の9月から、両親にすすめられた嚮心塾に通うことを決めました。入塾した時点ではもう外大を第一志望に決めていたため、先生と話し合って高2の冬までは配点の大きな英語と苦手な数学を中心に勉強することにしました。受験勉強全体を振り返ると、英語の勉強が7割ほどを占めていたと思います。まずは文法書を読んで英文法を徹底的に、そのあとは構文をつかむという勉強をしていましたが、これらの勉強を進めていくうちに、自分がいかに英語を感覚的に読んでいたかに気付き、精読の大切さを実感しました。自分の中途半端な英語力を過信せず、一から正しいやり方で英語の勉強をし直せたことは、私の受験勉強において大きな成功点だったと思っています。

英語に関しては高2の3月にはセンター試験の過去問を解いていたため、そこそこ学習が進んでいました。8月前半にはセンター試験の過去問を解き終えたので、それ以降はいろいろな国公立の過去問を解くことを始め、それと並行して英作文を10月に始めました。しかし国語と地歴の勉強を本格的に始めたのは高2の3月、公民に関してはゼロからの状態で高3の4月からだったので間に合うかどうかが少し心配でした。とはいえ、英語が最重要科目であり、自分の英語力の伸びに自信がなかったため、共通テスト前までは英語重視の勉強をしていました。共通テストが近くなると、先生と科目ごとの勉強のバランスについてもう一度話し合いました。

私は他に行きたい大学がなく、外大しか受験しない、ここに合格できなければ浪人する、と夏前には決めていましたが、後になってみると、これは苦しい決断でもあったと思います。二次試験直前は、高校の友人からの早稲田大学や慶應義塾大学合格の報告を聞くたび、友人の合格を嬉しく思うと同時に、自分は他大学を受験していないため力試しができず、そして(当たり前のことではありますが)一校も合格を貰えていないため自分に自信を持って本命に望むことができないという現実に改めて直面して、試験の結果よりもむしろ自分のこの決断は本当に正しかったのかということに悩むことがありました。そもそもこれからの人生というものは妥協の連続で、皆思い通りに行かないことがあっても多少の妥協をすることで前に進んでいるのではないか、なのに私はこんなにも頑固に一つのことに拘っていていいものなのか、という疑問も頭の中に湧いてきて、自分の英語力への自信のなさも相まって、心が折れそうにもなりました。自分の精神面の強さについて過信していたのかもしれないと感じましたが、自分の決断には責任を持たなければいけないし、私が決めた自分なりのやり方に対して私だけは疑問を抱いてはいけない、余計なことを考えて諦める瞬間が来ることだけはいけない、自分が今諦めたらこの一年は誰が肯定してくれるんだ、と思ってとても必死でした。

受験が終わった今考えると、第一志望しか受験しないというやり方のメリットは、直前期に多くの学校の過去問を解く必要がなく、本命の対策に時間をたっぷりかけられることです。私の場合は過去問15年分を2周(難しいと感じたものは3周以上)する時間がありました。一方でデメリットは先ほども述べた通り、自分の実力を試せないことや、試験慣れしないことなどがあると思います。特に試験慣れすることは重要で、入試本番は普段の実力通りを出すのはとても難しいことなので(先生にいつもそう言われていました)、本番の緊張感の中で自分が最大限の力を発揮するにはどうしたらいいのかをよく知るためには、本命以外にもいくつかの学校を受けるほうがいいのかもしれないと個人的には思いました。

二次試験直前には、先生に毎日過去問の記述と英作文の添削をしていただいていましたが、その際、試験中の時間の使い方と、そしてもう少し自分に自信を持つことを繰り返し指摘されました。時間の使い方に関しては、先生と相談して、どの問題にどれくらい時間をかけるべきかということや、どのような順番で解けばより高得点を狙えるかなどを話し合い、それは過去問を解いていく中で随分改善されました。ですが、今年は出題形式が変わったことなどから本番にそのまま使える時間配分の練習はできず、自信はあまりないまま当日を迎えました。二次試験当日は差をつけなければいけないはずの英語が思うようにいかず、回答用紙を提出した瞬間から不合格を覚悟していました。世界史は得意な範囲からの出題だったのもあり、満点近く取れたという自信がありましたが、共通テストでも英語が好成績ではなかったため、やはり英語での失敗はカバーできないだろうと思っていました。結果が全く期待できなかったので、先生と話し合い、落ちたつもりでいようということで、試験の2日後から塾で勉強していました。結局、自分の英語力が外大受験のレベルに届いていたのかどうかがよく分からないまま、消化不良で本番が終わってしまったことに少し悔しい気持ちでした。正直気は乗りませんでしたが、とにかく勉強しようと思い、夏にやっていた英文解釈の参考書の復習をしました。6月にはじめた時はひたすら難しかった参考書がスラスラすすんで、この時はじめて自分は英語の実力をしっかり固めることができていたことに気付きました。(もう少しはやくこれに気付いて自信を持てればよかったのですが、、)
努力してきたことが無駄にはならなかったと分かって本当に嬉しかったです。ありがたいことに、後日合格を貰うことができましたが、二次試験が終わってから発表までの9日間がなければ、私はずっと自信をつける機会を見つけられないままだったと思うので、この期間も勉強しようと声をかけてくださった柳原先生には本当に感謝しています。

長くなりましたが、現役で第一志望の国立大学に合格する、ということは、嚮心塾で指導を受けていなければきっと不可能だっただろうと思います。高校2年生の春の時点では外大のレベルには全く届いていなかったであろう私の英語の実力を、合格できるまでに伸ばしてくださった柳原先生には感謝しかありません。勉強の内容だけでなく、試験中の時間の使い方などの細かい部分も先生から的確なアドバイスをいただいたおかげでここまでくることができました。塾生の皆が自分の目標への強い信念を貫いている、嚮心塾という自分にとって最適な環境で勉強ができたことは、本当にラッキーなことだったと思っています。
そしてこれから大学受験を迎える方々、皆さん一人一人の努力が実を結ぶことを心からお祈りしています。今後は学び多き四年間にしたいと思っています。本当にありがとうございました。

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2021年度受験を振り返って(その4)

T・Nさん(桐朋女子高3)
             武蔵大学社会学部合格(進学先)


 私は中学受験をして中高一貫校に入りました。中2からバドミントン部に入り充実していましたが、私は試合のレギュラーメンバーではなく同じ時期に部活に入った1つ下の後輩に負けることもあり高2になって、好きではなく上手くもないバドミントンを続けるか悩んだ結果、部活を辞めることにしました。本来ならこの時から受験勉強を始めれば良かったのですが、当時の私は専門学校に行こうと思っていたので進路のことを深く考えずに遊んでいました。高2の12月になって気づいたら周りのみんなが塾に通っていたので、焦って塾に行くことを決めました。それまでは学校の数学のテストで赤点をとらないようにするために週1で塾に行っていました。その塾は大学受験をするような塾ではなかったので、部活の友達が行っていた嚮心塾に行くことにしました。12月末に塾に行き、1月から入塾しました。

 私は専門学校に行くつもりだったので大学に関する知識もなく、志望校は決めませんでした。また、受験勉強を始めるのも遅かったので私立文系ということだけを決め、英語・国語・日本史が全てゼロからのスタートでした。先生には英語をとにかく集中してやるように言われ1月から8月まで英語しかやりませんでした。まず最初に英語の参考書を何周も読むことを教えられました。それまで勉強をしてこなかった私は「読む」という言葉を鵜呑みにして参考書の文字を目で追って、時間が経つだけで勉強をしている気になり満足していました。しかし、6月に学校で受けた英検の結果が返ってきた時に3月に受けた英検のスコアとほとんど変わっていませんでした。そのことを先生に相談したところ、自分は参考書を何周もして英文の日本語訳を覚えていただけだということが分かりました。その時はすでに6月だったので国語も日本史もゼロ、英語はやり方を間違えていたということで、もう間に合わないのではないかと思いました。夏休みに学校で進路に関しての面談があり、私の通っていた学校は半分以上が学校推薦やAO入試だったので担任にもAOを勧められました。私は志望校を明確には決めていなかったし、6月の時点で全て最初から勉強し直さなければいけないということでAOを受けるかどうか悩み、塾長に相談しました。先生は将来のことを考えたときにAOで受かる学校に行くか一般受験をするかでどちらが自分にとって良い選択になるのかを説明して下さいました。そして、AOは受けずに一般受験だけをすることに決めました。それからは英語の参考書をやり直し、英文は品詞分解して分からないところは徹底的に先生に聞くようにしました。先生に質問すると教科書の解説にはのっていない細かいところまで教えてもらえたり、解説とは違う考え方を知ることができるので1%でも疑問に思ったらすぐに聞くことが大事だと思います。国語は8月から、日本史は9月から始めました。過去問を1月からやり始めましたが、日本史は全然間に合っていなかったので過去問は解かずにひたすら一問一答を繰り返しました。しかし、段々できるようになってきた英語と国語に時間をかけ、日本史をにかける時間は減っていきました。日本史が出来なくても英語と国語を頑張れば受かるかもしれないと思い始めました。そんな状態で2月になり受験当日になりました。過去問を解ける時間が限られていたので受験校は4校に絞って受け、結果は全て不合格でした。自分の考えが甘かったということに気づかされました。その後、2校の中期と後期を受けることを決め後期でなんとか合格することが出来ました。

 勉強全体を通しては、始めは集中力がもたなかったこともありましたが、部活は毎日行ってもなかなか上手くならなかったけれど、勉強は今まで勉強していなかったということもあって正しい勉強法で続ければ身に付いているという実感が持てたので、ネガティブにならずに続けられました。ただ、もっと早く勉強を始めていればよかったという思いもあるので今後の就職や決断は、あとになって後悔しないように行動しようと思います。嚮心塾ではみんなが勉強しているという環境があり、自分の勉強へ対する考え方も変わりました。この塾に入って本当によかったです。1年間ありがとうございました。
 

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