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嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

シンクロ率。

国公立受験は終わったのですが、ここから発表まではみなヒイヒイ言いながら自己採点を何回も繰り返してしまう時期です。「最悪の想定」をしては、「やっぱりおちたー!」と悲観的になったり、「最善の想定」をしては「これだけ取れてるんだから落ちようがないよな。」と楽観的になったりと、後期を受けなくて勉強から開放されたはずの受験生でも、遊んでいたりゆっくりしていたとしても、気が気でない状態があと10日ほどは続きます。

何年教えていても、この時期というのはこちらも精神的に疲れます。去年の東大受験生も手応えを聞いて、「まあ、これは受かったな。」と確信はしていましたが、しかし結果が出るまでは安心できませんでした。難易度が高い入試になればなるほどに、合格ラインのあたりに受験生が固まっているので、ちょっとしたミスで合否が分かれることになってしまいます。

だからこそこちらは一人一人の受験生がどの部分では本人ができていると言っていてもそこは信頼すべきではないか、逆にどの部分での自己評価は正確か、というように「受験生の自己評価」の評価をしていく必要があります。

これは何も受験の結果の予想のときだけではなく、普段教えるときから意識してやっていることです。
一人一人の受験生の「わかる」「できる」がいかに怪しいか、についてはこの業界で教えておられる方々なら
よくわかるところだとは思うのですが、「わかる」「できる」が実は何も解っていなく、少しもできていないことをいかに思い知らせていくか、ということが日々の僕の仕事です。その点では彼ら彼女らの「できる」「わかる」を決して信頼しない、ひどい大人であるとは思います。

ただ、長く見ているとさらに「この子の『できる』はこの部分についての自己評価としては正確だな。」とか逆に「この子の「できる」はこの部分についての自己評価については全くあてにならないな。」などと言うように、彼ら彼女らの自己評価自身の傾向というものまで、こちらでは見えるようになってきます。
だからこそ、そのような彼ら彼女ら自身の評価関数の偏りに気をつけながら、彼らが過小評価しがちな弱点を見つけ出し、ほじくり出し、そしてそこを補強していく必要性を徹底する、ということが僕の仕事です。

人間には、どのような超一流のプロフェッショナルにも、必ず思考の「癖」があります。その癖はたいていの場合、
彼や彼女自身を超一流たらしめている原動力でありながら、彼ら彼女ら自身がそこからさらに成長することを阻害している要因にもなっています。受験生も同じで、よくできる受験生ほどに過去の成功体験にとらわれているせいで限界を作ってしまっています。彼ら彼女らのそのような思考の癖を見抜いた上でトレースして、そこを別の可能性もありうる、むしろ別の可能性の方がこの場合は良いことなどを考えてもらっていく必要があります。

そのように一年間やっていくと受験生一人一人の思考回路をトレースし、どのようなところはできるか、逆にどのようなところはできないか、というものがだいぶ見えてきます。深く教えている(これは関わった時間の長さではありません。端的に言えばどれくらい突っ込んで付き合えたか、というところで時間の長短にかかわらず、深くまで突っ込めた)受験生ほどに「シンクロ率」が高くなるので、かなり正確な予想ができる、というところがあります(去年の東大受験生にはその「シンクロ率」の高さへの自信が、受ける前からこちらにもありました)。

その思考回路のトレースにおいて、シンクロ率が高い受験生もいれば、低い受験生もいるため、予想も難しいところです。
「シンクロ率」なんて言うと、ちょっとエヴァンゲリオンっぽいです!
どちらかと言えばシンクロされる方のエヴァンゲリオンに近い身体の大きさの僕ですが(しかもあんなにスリムではありません!)、少しでも生徒の思考回路をトレースしては見逃しがちなところを把握できるように、
来年の受験生ともここからの一年でシンクロ率をどこまで上げていけるかが勝負です。必死に教えていきたいと思います。

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名店の気配。

「今日は合格体験記が上がってきたし、それを口実にサボるんじゃない?」という予測を裏切っての、まさかの一日2回の更新!受験生の合格体験記の美しさに比べればお見苦しい文章ですが、ご容赦願えたら嬉しいです。

今日で国公立前期も全て終わり、後は結果を待つだけです。とはいえ私大入試の後期試験も3月頭からあるため、相変わらず塾では緊張感のある日々が続いています。1月、2月、と必死に勉強してきて、それでもなかなかうまくいかずに苦しんできた子たちが、3月入試を最後まで必死に戦おうとしている姿に、本当に頭が下がります。こちらも出来る限りの対策を練っていきたいと思っています。

教えるか食べるか眠るかぐらいしかこの時期はできていないので、食べることの話題くらいしかないのですが、「名店の気配」というものがあります。これだけ食い意地を貼っていろんなお店で食べていると(と言ってもラーメン屋ばかりなのですが)新しくオープンしたお店でも、「ここの店主さんは違う!」と感じるお店はあります。
僕が言語化できるもので言うと、

①従業員同士がおしゃべりをしない。
②店主さんの目が店の隅々にまで行き届いている。
③どのようなお客さんに来てもらいたいか、が明確である。

です。
①や②はよくわかると思うのですが、③について説明したいところです。
たとえば、先日僕が食べたまだ新しいお店で、僕が一人客として食べていてちょうど両脇が空いている状態のときに
二人連れのお客さんが来ました。当然ながら席を一つずれて二人組のお客さんが並んで座れるようにすると、
後から店主さんがこっそりと「これ、良かったら!」とサービスの品を出してくれました! 

というエピソードがあったのですが、ここで大切なのは「僕が席を譲った!偉いだろ!」という話では全くなく、「そのような他のお客さんに対して配慮をもった客には何かしらのサービス(報酬)を与える。」という店主さんの店作りの姿勢であるのです。

そのように他のお客さんへの配慮をきちんと見てもらって評価され、報酬まで受け取ることができたお客さん(この場合僕ですが)は、このお店のことを「素晴らしい!また来たい!」と思うようになるでしょう。お店側からしたらこれはただ感謝の気持ちを表しただけではなく、そのように他人への気遣いができるお客さんが増えれば増えるほどに、お店の雰囲気が良くなってきます。その点では、このような「報酬」をお客さん同士の様々な気遣いに対して与えていくことは、将来的には良い客層の店にしていくための確実な投資であるとも言えるのです。

もちろん、これをあまり露骨にやっていくと、常連さんが「俺はこの店の常連だ!他の客とは違うんだ!だからサービスされて当たり前!」と勘違いしては結局質の悪い客へと転化する、という別の失敗に陥ってしまいがちです。
ただ、それに気をつけていきながらこのような「報酬」体系をお客さんに明示していくことはお店の雰囲気作りにはとても有効であると思います。

もちろん、これを計算してできる人と、あるいは本当に感謝の気持ちからそうする人と、店主さんの中には2パターンいます。感謝の気持ちからそうする店主さんの方が美しいですが、そちらの方が結局長期的には得をする、という功利主義的な知恵を教科書に載せたほうが人間社会はもっと円滑に回るのかもしれません。

若い店主さんのまだオープンしたばかりのお店でも、このような「どのようなお客さんにこそ来てもらいたいか」が
明確なお店、というのは将来が明るいものです。実際にそのお店もオープンして一年弱でもはや大人気店になっています。

翻って嚮心塾はどういうお客さんに来てもらいたいか、ですよね。この点では飲食店と違い、「勉強に困っている子に来てもらいたい!」とやってしまうと、それこそ勉強のできる子は来れなくなりますし、「勉強のできる子に来てもらいたい!」となってしまうと勉強の苦手な子は来れなくなってしまって、両者が机を並べて勉強できる環境を、という嚮心塾の理想からは外れてしまいます。。
ということは!どっちのお客さんも来てもらおう、と思っている時点で嚮心塾は繁盛しないことがわかりきってるのでは…。しまった!

(というのは冗談で、嚮心塾でも来てもらいたい客層を実は明確に決めています。それは(学力に関係なく)「思いやりを持てる子」です。言い方を変えれば、「自分の視野が広がることを不快とは感じない子」です。そこに関しては、来てもらいたいお客さんを明確にしぼっている、と言えると思います。繁盛はしていませんが!)

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2019受験を振り返って(その1)

R・Mさん(都立西高卒)              進学先:青山学院大学(文)

合格した大学:青山学院大学(文)、学習院大学(文)、成蹊大学(文)、成城大学(文)、東京女子大学(文)、日本女子大学(文)


私が嚮心塾に入塾したのは2018年11月28日で、そこから本格的な受験勉強を始めました。
始めるのが遅いのではないか、ということは私自身が1番感じていたことです。

私は高校3年生の時、大学受験をしませんでした。というより私は自分の夢があって、それだけを考えて過ごしていたので、大学受験を全く考えていませんでした。
高校を卒業し、色々なことがあり、考えて、やはり大学受験をしようとなり、大手の予備校に通い始めたのです。
高校時代はテストのためだけに勉強をしていたので、受験のための勉強の知識などほとんどありませんでした。
行きたい大学なんて特にないし、ただどこか、私の高校の同級生が皆行くようなところに受かればいい、そんな気持ちでした。
そこで1年間私なりに精一杯やったのですが、結果はふるわず。
受かるだろうと塾のチューターさんに言われていたレベルの学校に合格できなかったのです。なぜかそれらと同じレベルの地方の大学には受かっていて、東京の大学に行きたかった私はその大学に行きませんでした。
なんでよりによって、この大学だったんだろう、同じレベルなら東京の大学だって受かったはずなのに、とその時は思っていました。

そして見かけは二浪目、私にとっては一浪目の春になっても勉強をする気がさらさら起きなくなってしまっていたのです。
参考書を見るだけでも嫌で、それを開いて解くなんてもってのほか。
5月くらいまでそんな日々を過ごしていました。あんなに休んだのは人生で初めてってくらい何にもしなかった。

嚮心塾を知ったのは、9月頃でした。
高校の時の同級生が、今通ってる塾がね、と話をしてくれたのです。
あの時その人からその話を聞いていなかったら、私は勉強にもう一度真剣に向き合い、色んな大学から合格をいただけるようなことにはならなかったと思います。
その頃まで私は、周りには勉強をしていると言いつつも実際はそこまで頑張っていませんでした。
毎日英単語と英文法と日本史のテキスト、あとは過去問をちょっと解く、みたいな。
自分でも大学受験をしたいのかさえ分からなかった。

それで11月に入って、決めるなら今しかない、ここで決めなかったらもう間に合わないと思い出しました。
その時、嚮心塾のことを思い出し、教えてくれた友達に連絡をし、柳原先生と話をし、体験をしてすぐに入塾しました。
それが11月28日のことです。
この嚮心塾で、柳原先生のもとで頑張れば、自分次第で間に合うかもしれない、と思うことができたのです。
そこから先生が提案してくださった学習プランで毎日勉強していきました。今年受験した大学の大半は、去年は受験しなかったところだったので、過去問も1からやりました。
国語の記述問題、英語の英作文などもやり方と対策を先生に教えていただいて、しっかりと準備をすることができました。
受験直前まで、試験での時間配分のことや気持ちの作り方など全てをサポートしていただきました。
試験期間中も、先生とお話をすることで、試験に向けての自分の気持ちを上手くつくれていたのだと思います。
こうして私は3ヶ月弱の嚮心塾での勉強を経て、無事に大学受験を終えることができ、こうした結果に繋げることができました。

勉強面だけでなく、精神面も最後の最後まで見ていただけたことが大きかったです。
先生が言ってくださったことをひたすら実践していき、最後まで先生を信じてやってきて、本当に良かったです。

私はこれから、自分のやりたいことに向かって進んでいくことができます。
大学生になることは私にとって、4年間という時間をいただける、という意味でものすごく大きなことです。
自分の夢は、大学で学ぶこととは何の接点もありません。大学生になったからといってその夢に繋がることもありません。
けれど、この経験は私の財産です。この2年間で感じたこと、考えたことをずっと忘れずにいたいです。
そう思えるようになったのは、最後まで頑張ることができる環境を作ってくれ、この結果に繋げてくれた嚮心塾と柳原先生のおかげです。
本当にありがとうございました。

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「合格実績」の行間に。

国公立大学の前期入試がほぼ終わりました。明日も試験がある学校を受験する塾生もいますが、まずは一段落というところです。大きく失敗をしてしまった受験生はいなかったですが、とはいえ結果が出るまでは落ち着かないのが国公立大学入試です。ここからの2週間が本当に毎年長く感じます。

そんな中、必死に勉強してきたもののなかなか結果が出ずに苦しんでいた塾生が今日、初めて大学に受かりました。他にもたくさん合格の知らせは届いているのですが、本当に一生懸命勉強してきていて、力もあるのに、本番が弱くて結果が出せずになかなか受からずに本当に落ち込んでいた子だからこそ、今日のこの合格は、僕にとっても本当に嬉しいことでした。

嚮心塾も学習塾であり、いわゆる「合格実績」的なものを毎年出しています。こんな小さな、名前も怪しくて、普通の塾と違って授業もなく、さらには広告も出していない塾など、「合格実績」が悪ければ瞬時に潰れてしまうわけで、ここまで14年間何とか塾が続けられてきたのも、過去の塾生たちが本当に必死に頑張って、目を見張るような難しい学校に合格してきてくれたからであり、そこには本当に感謝しています。

しかし、一方で「合格実績」を毎年出すたびに、僕の中では自己矛盾を感じます。早慶に受かる力のある子を東大に合格させることなどある意味、大した仕事ではありません。もちろんそれにはそれで様々な難しさがあるとはいえ、そこはまあ、この仕事を長くしていればできることです。それよりも遥かに難しい合格もあれば、あるいはそれよりも遥かに受験生本人にとっては人生が変わるような大きな意味のある合格、というのが毎年あるものです(早慶に受かる力のある子が東大に受かってもあまり人生が大きく変わるわけではありません。)。その一つ一つの合格の内実を語れば、それこそ一人の合格について、本が一冊ずつ書けるくらいに様々な紆余曲折があります。しかし、そういった内実は「合格実績」という大学名の羅列の中では数ある「有名大学」の中に埋もれてしまいがちです。

その内実が少しでも伝わるように「合格体験記」的なものも毎年出しています。普通の塾とは違う、読み応えのある、剥き出しの彼ら彼女らの思いがとても伝わるものであるとは思うので、これは是非皆さんにも読んでもらいたい、読んでもらって決して損はないくらい素晴らしいものを毎年受験生が書いてくれている、と思っているのですが、それでもまだ伝えきれないぐらいに、毎年毎年一人一人に劇的なものが受験にはあります。

この先、国公立大学の受験結果を踏まえて、今年も塾でも「合格実績」を出す予定ですが、この後どのような華々しい「難関大学」の合格を書き連ねたとしても、それらと全く引けをとらないくらい、今日の塾生の合格はうれしいものでした。

がんばってもがんばっても報われないまま、ときには自分自身の存在意義のか弱さに押しつぶされそうになりながら、それでも結果を出そうと必死にもがいたその塾生の頑張りに、僕は本当に頭が下がります。それと共に、そのような頑張りに少しでも形を与えられているのであれば、やはりこの仕事を長く続けねばならない、という決意も再び生まれます。もちろん、僕自身の力が足りていないが故に落としてしまったすべての受験生に対する罪を背負った上で、です。

努力をしても努力をしても結果が出ないとしても、それでもなお努力ができるのか、それともそれならバカらしいからもうやめよう思うのかの分かれ目にこそ、人間の真価が現れると思います。もちろん、努力をしてもうまくいかないときはまず方法が間違っていないかを疑うべきだ、というのが正しいのですが、方法は間違っていないとしてもなお、努力をしても結果が出ないときはもちろんあります。

そこで辞めるか、それでも頑張るか。

そこで後者を選ぶことのできる全ての人間を、仮に年少者であろうとも、僕は心から尊敬しますし、そのような子たちのためにこそ、自分自身も諦めずに努力を続けていきたいと思っています。そして、その塾生の今後の人生にとって今日勝ち取ったこの合格がしんどい人生を生きる中で一つの心の拠り所になることを願っています。

皆さんにも「合格実績」の行間を是非読んでいただけたら嬉しいです。

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自信と慎重さの間で。

国公立受験の初日が終わりました。塾の受験生達は途中朝電車が止まって会場に迂回して行かなければならないなどのトラブルはあったものの、何とか無事に初日を終えられたようです。とはいえ、明日もまた入試があり、明後日まで入試がある子もいます。その一つ一つの試験科目を最後まで気を抜かずに受けられるよう、こちらでも神経を使うところです。

受験生というのは本当に難しいもので、自信がありすぎても上滑りしますし、かといって自信がなさすぎてもうまく行きません。厳しい現実と対峙する勇気をもてるだけの自信を持ちながら、しかし、厳しい現実に対してたかをくくらないだけの慎重さをもたねばなりません。その精神状態を受験生とともに準備していくことが本当に難しいのですが、それがしっかりとできていけば、様々な予期せぬことに揺らいだとしてもなお、そこから立ち直ることのできる、しなやなかな強さを準備することができると思います。

明日明後日と、そのように受験生たちが試験を終えられるように、全力を尽くしていきたいと思います。

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