嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

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受験の最中に。

ご無沙汰をしております。塾では中学入試を終え、今日から私立高校入試が始まります。また、大学入試は私大入試がもう半ばを過ぎており、ここから私大の本番そして国公立大と、まさに正念場を迎えているところです。

今年は僕の娘も小6で中学入試をしました。結果はすべて不合格で残念な結果に終わったのですが、短期間での成長ぶり、さらには勉強を必死にやることが将来自分が何をやっていきたいかへの一つのヒントになったようで、改めて中学受験は子供の成長の大切な契機になるな、と実感した次第です。勉強に終わりはありません。その意味では、今回の努力とその失敗を糧に、また引き続き努力していってほしい、と思っています。

その娘の第一志望の入試の前日に塾で教えていたときに、根本的な問題に直面するような経験がありました。それは、娘の勉強であと「こことここは復習しておきたい。」というところが何個かあって塾の営業時間を過ぎても残って教えていて、そうは言っても入試前日なのであまり遅くまではできない中でそれでも「残り時間でなんとかここまでは復習できるな。そこまでやっておけば、とりあえず後悔はないぐらい仕上げられるか。」と思っている時でした。そこで他に残っていた塾生の質問を新たに受け、それがかなり手間のかかるものだったので、それに答えていると娘の勉強の復習がもう間に合わなくなる、とわかりました。とはいえ、その質問をしてきた子も次の日に入試を控えており、娘と同じ「受験日前日の受験生」です。その際に、自分の娘の勉強を優先するのか、それとも塾生の勉強を優先するのか、そこで結局僕の生き方が問われてしまうな、と判断した時に僕は自分の娘の最後に復習したかったところを諦めて家に返し、その受験生の質問に答えようとしました。

ここまでなら美談っぽい話になるのですが、そのように判断した自分に感情がついていかず、普段なら面倒な質問と言ってもしっかり考えれば答えが出せるものも、襲ってくるあまりの悲しみに頭が30分ほど全く働かずに、結局その質問にもしっかりと答えられることなく、その塾生の子にも悪いことをしてしまいました。結局娘は初日の第一志望の学校で、その苦手な分野が出てそこがまるまる出来ずに(もちろんそれだけのせいではないにせよ)落ちました。

ビジネスライクに考えれば、営業時間をとうに過ぎている時間帯であったのですから、その質問を断ってでも娘の勉強を仕上げればよかったのでしょう。しかし、僕にとっては同じ受験日前日の受験生を目の前にしてそれをすることは、塾の理念を否定することであるため、できませんでした。しかし一方で今まで家庭を顧みずに塾のことばかりをやってきて、それこそ家族からは「他人の子供ばかり一生懸命思いやって!」「自分の子供に何一つしてないじゃない!」と非難され続ける毎日の中で、僕が自分の子供に対してできる最も大きな貢献は(こんな営業形態では、お金もほとんど残すことは出来ないでしょうから)唯一教育であるのだと思ってきました。この10年間、家庭のことは顧みずに塾をやってきて(この2月は週1日の休みすら、毎週潰して毎日朝から晩まで受験生を教えています。)ようやく子どもたちがnurseryからeducationを必要とする時期になり、ようやく力になれるときが来ました。そして中学受験はその極めて大切な機会です。その唯一残してやれる教育の機会すら、このように目の前の生徒との天秤にかけられて、どちらかを選ばねばならなくなるとは、という悲しみが僕を襲ってきたのでした。教育というものに自分の人生をかけようと選んだ時から、いずれこうなることはわかっていましたが、しかし唯一自分が与えられるものすら僕は自分の娘に残すこともできないのか、と打ちひしがれました。

もちろん、僕は家族への愛とはそもそも「愛」という言葉で語ることが不適切なくらい、本能的であり、あまり崇高なものではないと思っています。
家族への愛とは、何が優性の形質かがわからない我々個体が、自らが優性の形質であることをプレイヤーとしては信じて個体を残そうとせざるを得ない、という生物学的な本能でしかないと思います。その意味で人間が感じる「愛」という感情もまた、特に家族愛や異性愛については僕はあとづけの発明品でしかないと僕は考えています。だからこそ、自分の家族を他人よりも無条件に愛する、という姿勢はそのようなしくまれたプログラムに対する疑いのなさであり、結局は愛そのものの価値を損なう姿勢であると僕は思っています。自分の遺伝子を残すために、赤ん坊から今まで長い時間接してきたものをしか愛せないのだとしたら、それは人間にとっては絶望です。すべての戦争はそのように肉親への無条件の愛から生まれるとさえ、思っています。

一方で、誰からも愛されないという経験は、その子供に人を愛することをできなくさせるものです。もちろん、これは「片親の子は駄目だ!」とか「孤児は駄目だ!」などとレッテルを貼っているのでは全くなく、どんなに両親にさんざん愛されていてもその愛を感じようとする謙虚さをもたないがゆえに人を愛することの出来ない子供もいれば、かすかな、虐げられていく運命の中で本当にかすかにしかない運命への抵抗としての愛を、一生大切に抱えて人を愛そうと決意する人もいます。人にとって、「愛された!」という喜びこそが自分も人を愛そうと決意する大切な動機になるのだと思います。

僕にとって嚮心塾とは、そのように人を愛する場です。この世界の中で、生存のために「家族」という枠の外には決して出ようとしない愛情というものを生徒たちに注ぐことで、巷に溢れている「愛」とは別の形が少なくとも存在しうるのだ、ということを伝えるための場であると言ってもよいでしょう。ナショナリズムは家父長的国家観などを引き合いに出すまでもなく、家族への愛の疑いのなさから生まれるものです(その意味では、60年代、70年代の政治運動が挫折したあとの日本において政治的議論がなくなり、マイホーム主義へと回帰したことの帰結が、現在のようなナショナリズムの高まりに結びついている、とも言えるでしょう。私たちはどのような活動をしようと、広義の政治から逃げることは出来ません。)。愛を家族にも宗教にも国家にも利益にも利用されないために、それ以外の愛や思いやりの形が存在することが大切であるのだと思います。

もちろん、そのような取り組みを自分たちのエゴイズムのために利用しようとする人もいるでしょう。というより、そればかりです。役に立っても立たなくても、用済みとして簡単に切り捨てられるのが学習塾や予備校の運命でしょう。「単に安いから」というだけでなく、「勉強の相談するだけなら無料で便利だから」ということで塾をやめたあとも平気で繰り返し相談に来させる親もいます。それも含めて、僕は一つ一つが大切な場であると思っています。「君の利益になると思うのなら、ぜひこの塾に関わってほしい。さて、それ(コストパフォーマンス)だけが、君の求めるものなのかい?そのような人生の先に、何があると思っているのかい?」という問いかけになると思っているからです。

改めて今回のことを鑑みるに、自分の家庭と塾生とのどちらも優先しないという強い覚悟をもつべきであることと、そのための力をもっと鍛えていくべきであることを痛感させられました。これも最近、塾生と話していてよく誤解されていることだと思ったのですが、いつでも何かしらを勉強している僕を見ると塾の子たちは、僕が勉強が好きだと思っているようでした。しかし、僕は勉強が好きなわけではありません。むしろ、勉強など嫌いで嫌いで仕方がありませんでした。だからこそ、最小限の努力で結果を出せるようにと小中高と工夫をしてきただけです。しかし、このようなしんどい目標を掲げて塾をやれば、どんなに勉強をしてもそれで足りることなどありませんから、仕方なく毎日必死に勉強をしている次第です。

こんな話を娘にしたわけではありませんが、受験勉強をやっていく中で、娘が自ら「パパ、私は将来、人に思いを伝える仕事をしたい!」という話をしてくれました。何らかのものを彼女もこの経験から学び取ってくれていれば、と願っています。

その上で、残り僅かの今年の受験を一人一人誰に対してもやり残したことのないように、最後まで必死にもがいていきたいと思います。

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お久しぶりです。

書きたい長い文章を書こうとすれば、時間が足りなくて書けないということが続いている間に、気がついたら受験も間近に迫ってきました。ここからは1日1日がさらに忙しくなっていくわけですが、それを理由に書かないことを続けてしまうと、この先書けなくなってしまうので、復活の狼煙として短い文章をあげたいと思います。

言葉というものは、他者に向かって発せられる以上、衒(てら)いにしかなりえないものです。
だからこそ、我々の魂を震わせる言葉というのは、結局そのように自意識という不純な物から生まれたはずの言葉であるはずなのに、何らかの真理をついているものであるのでしょう。なぜなら、真理とはたいていの人にとっては衒いの対象にはなりえないどころか、できれば語りたくないものであるからです。

しかし、ここから先が難しいですよね。「誰もが語りたくない真理について、私は敢えて語っている!」という自らが正義を体現するかのような瞬間の高揚感もまた、次の衒いのための動機となってしまいます。あらゆる告発、内実の暴露、「王様は裸だ!」という叫びは、叫んだ瞬間の正しさを2回目以降に繰り返されていくときには失っていきます。言葉はどのような自己犠牲の精神をも、自己の衒いへと引き戻してしまう、その恐ろしさを常にもっていると言えるでしょう。ベルクソンの言う「言葉は運動を捉えるのにふさわしくない」とはまさにその通りであるのですが、我々が言葉によってコミュニケーションをとるというだけでなく、言葉を武器として、何らかの価値観を覆そうとせざるをえない以上、このような固着はずっと続かざるをえません。マルクスが「私はマルクス主義者ではない。」と言ったように、固着をふせごうとすれば逆説を繰り返し、自身が何らかの言葉に絡め取られるのを防ぐように言葉を発し続けていかなければならなくなります。

僕の卒業した高校の校是は「ペンは剣よりも強し」でしたが、たしかにペンは長い目で見れば剣よりも強いことが多いと思います。しかし、ペンが剣よりも強くなるためには、「ペンが剣になる」ことが必要となってしまいます。そのとき、ペンはペンのままでいられているのでしょうか。ペンが剣に勝つことを、私達は肯定さえしていればいいのでしょうか。硬直的なスローガン、敵か味方に二分する言説、何が正しい立場かを一方的に決めつける言説、プロパガンダと化していく表現など、言葉は(それこそ司馬遷の頃から)どのような兵器よりも恐ろしい武器になるわけで、私たちは言葉の力を信じるのと同じぐらい、言葉の恐ろしさを恐れなければなりません。

暴力に対し、非暴力的手段で立ち向かうことは、手段であって目的ではありませんし、とりわけ、すべての手段を正当化するほどの目的にはなりえないものです。その厳しい事実を踏まえながら、言葉にできること、言葉にさせてはいけないことの両方を考えていくことが大切なのではないでしょうか。

塾のブログも言葉を自分の衒いのためや武器として使うのではなく、少しでもだれかのために発するべき言葉を紡いで行けるように、頑張って書いていきたいと思います。

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現在における「学校の先生になる」という人生の選択について

間が空いてしまってすみません。書評を始める!と言ってすぐのFC2ブログのアマゾンリンクサービスが終了になるという事態に、もともとないやる気がさらに萎えてしまっていました。書評だけブログを分けるか、リンクなど気にせずここで書いていくか、まだ悩んでいます。

先月、こちらがどんなに笛を吹けど勉強にしっかり取り組もうとせずにきた新高3の子が、「教師になりたい。だって教師ってかっこいいじゃないですか!」と言うので、いかにそれが大変な仕事か、さらには今のままの彼から学ぶものなど教わる生徒にとって一つもないこと、だからこそ彼から生徒が何かを学ぶことができるとしたら、よほどこの1年で必死に頑張らなければならないし、頑張ったとしてもそれは所詮付け焼き刃にすぎないので、大学に入ってからも必死に努力し続けねばならないこと、などを話しました。「教育をなめすぎじゃない?僕はこんな道を選んでしまって、毎日辞めたいとしか思わないけど。」とも。いつもならもうちょっとオブラートに包みながら話すのですが、現状の彼の情けなさとそれを変える気のなさから「それでも教師にならなれる!」というその発想に対してあまりにも耐え難く思ってしまい、きつい話をしてしまいました。案の定、彼は先月いっぱいで塾をやめました。

まあでも、後から冷静になって考えてみると、現在の子たちにとって「学校の先生」というのは、そういう存在なのだな、と気付きました。さして努力もしていない自分がちょっと頑張れば、手の届く存在、それでいて給料は安定していて、そこそこ社会的なステータスも高い、上司に怒られることも少ない、そういうイメージなのではないでしょうか。努力をしないで教師になろうとする彼を叱っている暇があれば、彼にそのように思わせてきた、学校の教師全てを叱らねばならないのでしょう。

実際にやる気のない学校の先生は非常に多いと塾で教えていても思います。学校の勉強が受験勉強に役に立たないのは、まあ当然のことなので仕方がないとしても、あまりその内容を教えることに信念を感じさせられることがありません。また、生徒に意味のない忠誠心を強要することがあまりにも多いと感じています。それが少しも勉強にならないような写経のような宿題を平気で課しては、生徒たちの時間を奪うことに無自覚であるのです。
(これは塾でもよくあるのですが、「宿題を出してください」と親御さんから頼まれることが多いです。宿題さえ出してもらえれば、とりあえずそれをやらなければならないと子供は感じるでしょうからそこで親御さんが安心したいために「宿題を出す」ことに無自覚な教師というのは多いのではないでしょうか。しかし、宿題を出すというのは当然メリットだけではなく、メリットとデメリットの双方があるものです。その子にとって学習効果の低い宿題を出せば、当然それは子供達に「勉強を頑張ってやったとしても、あまり意味がない」という間違ったメッセージを与えることになります。しかし、物理屋さんのようなスーパー家庭教師の先生ならともかく、一人一人のレベルに合わせて的確な宿題をだすことのできている学校の教師がどれほどいるといえるでしょうか。その意味で、「宿題をとりあえず増やしておけば親は文句を言わないだろう」とばかりに大量の宿題を出す教師、さらにはそのような教師ばかりで横の連携も取れておらずに膨大な宿題量になってしまっている学校というのは、基本的に学習効果について何も考えていないと思います。この当然の帰結として、子供達は勉強とは「膨大な量を課されるけれども、それをやっても何の力がつかないもの。」という刷り込みがなされます。子供たちの純真なやる気というリソースを奪っているのは、このような考えのない押し付けです。そして、このような失敗は特に私立の中堅以下の学校、あるいは都立の中高一貫校のように「進学実績に熱心な学校」で多いように感じています。)

もちろん、学校の先生方の中でも極めて素晴らしい先生もいらっしゃいます。僕自身、小中高と通う中でそのような先生方に数少ないながら出会えたことは本当に人生の財産ですし、今もなおそのように必死に頑張っておられる先生方が数少ないながらいることは確かです。しかし、考えなければならないのは、真剣に努力を重ねるのを嫌がる子達にとって、「学校の先生くらいなれるんじゃない?」と思われてしまっているというこの事実について、学校の先生方は猛省をしなければならないのではないか、ということです。もちろん、これは学校の先生達だけではありません。予備校の講師であれ、あるいは僕のような個人塾の教師であれ、(もちろん「あんな風になりたくない」と思われているのは論外だとしても)「ちょっと頑張れば、あんなくらいの仕事はできるんじゃね?」と思われているようでは、やはりダメなのです。子供達がその教師から様々なことを学びながらも、しかし、「ちょっとこの仕事を選ぶのはしんどいな。」と思えるように頑張らねばならないのだと思います。

もちろん、このような考えに対して「頑張った人が報われないシステムをなんとかしないといけない!」という発想も大切です。個人のやる気の搾取をするのであれば、それは結局社会の改良にはつながりません。
たとえば、現在の保育士の給料の低さなど全く合理的なものではなく、今までの慣習と偏見に基づくものでしかないと僕は考えています。ただ、社会の全ての職業について、その待遇を改善することで優秀な人を集め、その仕事にモチベーションを高めてもらうことは不可能です。そして、その意味では(非常勤講師の方々は除いて)学校の先生は待遇という観点ではそんなにひどくないのではないでしょうか。

僕自身も、自分が教えるという道に入りたい、と思った時に一番のブレーキになったのはそのことでした。
僕にとっての人生の恩師と接していて、彼のとてつもない努力と天才性を見るに、僕程度の中途半端で実力もないものが、果たして同じ教育という道に進んで、一体何ができるのだろうか、という逡巡ゆえにとてもこの道に入るのにためらっていたところがあります。たとえ、そこでためらった末にこの道を選んでいなかったとしても、そのように高い「壁」と人生の早い時期に出会えた僕はやはり幸せであると思うのです。それだけ人生の選択を真剣に悩むことができたからです。そのような先生と出会わないままに大人になる、という不幸をどの子供にも味合わせたくない、と僕は考えています。

その意味でも、学校の先生方には是非、生半可な気持ちで「教師になりたい!」などと言えないように、努力をしていただきたいと思います。もちろん僕自身も、まだまだなのです。そのように塾生の誰にも言ってもらえるように、もっと必死に努力していきたいと思います。

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広島東洋カープのような塾を目指します。

嚮心塾とはどのような塾ですか、と問われれば「広島東洋カープのような塾です。」とこれからは
答えようかと考えています。そのこころは、「選手(生徒)をしっかりと育てて一流にし、そしてその選手を巨人やメジャー(大手予備校)に取られます。」というものです。去年も大切に鍛えてきた塾生が浪人に当たって塾を離れることがあり、非常に落ち込んだのですが、今年に至っては、本当に高校生になってからゼロから(be動詞と一般同士の違いから!)鍛えてきた子が結局残念ながら浪人するにあたって他の予備校へと行くということになりました。その子はその予備校の最初のテストで英語は一位、世界史も早稲田の問題で9割くらいとれて、予備校の先生から、「なんで君は浪人したの?」と言われたそうですが、それでもその子が今年受かれば予備校の合格実績になるわけです。まったく、カープを愛する広島市民のみなさん、本当に辛いものですね。

このようになりがちなのは、もちろん、現役生のときに結果を出せなかったということが一番大きな理由であり、それはまさに嚮心塾のせいであるのですが、それ以外にも大きな要素があります。それは、「やっぱり(大手)予備校の方が安心よね。」という親御さんのご意見です。予備校の実態を知って一体何が安心できるのか、ちょっと僕にはわからないですし、そもそも予備校の教育システムをどこまでご存知なのかよくわからないのですが、しかし、嚮心塾で浪人生活を送ろうという受験生は必ずこのような周囲からの抵抗を受けると思います。同級生からも「そんな小さなところじゃなくて、大手に行きなよ!」と言われるでしょうし、お母さん同士で話していてもそのようにまず間違いなく言われてしまうでしょう。「寄らば大樹の陰」という発想自体はまだまだ根強いものである以上、その「大樹」の実質を吟味することができないと、どうしてもそのようになってしまうと思います。逆に言えば、嚮心塾のようなただ結果を出す以外に大手の予備校と悩んでもらえるはずのない塾が、ここまで潰れずに来ていること自体が奇跡であると思います(もちろん、いつまでもつかはわかりません)。

そして、このようなケースこそがいわゆる「合格実績」というものが無意味であることをよく示しているのではないでしょうか。もちろん、嚮心塾でも一つの目安としてそれを毎年出しています。しかし、あの「合格実績」というのはめちゃくちゃ優秀な子の、最後のひとかけらを埋める作業の結果としての東大や医学部合格もあれば、まったく勉強していない状態から徹底的に鍛えていっての私大合格もあるわけです。あるいは上の例に挙げたように、「合格前の最後の一年そこに在籍した」ことが合格の決め手となっているのかどうかは実はわかりません。もっと大きな飛躍が過去にあり、それこそが合格の決め手であったとしても、それらを評価しにくいのです。(もちろん、嚮心塾で東大や京大、医学部に合格した子たちも「すべてこの塾で鍛えた!」といえる子は少ないです。それらの元から優秀な子たちに僕ができたことといえば、70%合格できる子を85%あるいは90%まで引き上げたくらいの仕事でしょう。それでもそれが「実績」になってしまいます。)

まあしかし、ものは考えようです。逆に言えば、そこまで鍛えた子は放っておいても合格します。どの(ダメな)予備校に通っても、自学自習の大切さ、どこまで勉強を徹底しなければいけないかの度合い、さらにはそこまで鍛えたとしても本番で失敗すれば実力があっても落ちるのだという入試の怖さをよくわかっているその子は、必ず今年は合格できるでしょう。それよりはまだそのように鍛えきれていない子たちを鍛えることに僕が力を注ぐことができる方が、はるかに社会全体にとっては有益であるのです。まったく勉強していない子たちをそのようなところまで持っていくことこそが、極めて難しく、またそれゆえに意義のあることなわけですから。そこに傾注しては、また毎年悔しい思いをしていこうと思いますし、そもそも浪人する前に現役で合格できるようにさらに鍛えていくための工夫をしていきたいと思います。

今調べてみたら広島カープはこの24年間くらいセ・リーグで優勝していないらしいのですが、カープがあれほど育成システムをしっかり作り上げて、お金をかけて即戦力を取れなくても丹念に鍛えて行っては一流選手を生み出してこなければ、それをお金で買うジャイアンツもこれほどは優勝できなかったかもしれません。その意味で、ジャイアンツの優勝はカープの育成システムのおかげである部分も大きいでしょう。

嚮心塾も、カープのようにずっと努力が報われずに表舞台に出なくても(これはいいすぎですね。その中でもカープは頑張っています)、地道に一人一人を鍛え続けていきたいと思います。それがどの予備校の手柄になろうとも、そのように努力をする姿勢、努力の仕方を備えた若い世代が一人でも多く増えることは、この社会にとって有益であることに間違いはないと思います。その結果として、派手な合格実績が出せなくなっては嚮心塾が潰れていくとしたら、それはそれでまた「この社会は広島カープを評価できない社会である」という仮説の一つの証左となるでしょう。だからこそ、僕が悩むべきは、「鍛えた生徒が奪われたり移ったりで塾からいなくなる」ことではなく、「もっと鍛えられる可能性がないか。できることを見落としては力を伸ばしきれていないことはないか」ということだけであると考えています(もちろん、メジャー行ったけどカープ戻ろっかな、という黒田選手みたいなことも大歓迎ですよ!すみません。このオチが言いたかったというのが、まだ未練がましいところですね。精進します。)。

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結婚式が苦手な僕ですが、素晴らしい結婚式に行ってきました!

先日、結婚式に行ってきました。
僕自身、結婚式に出席するのは妹の結婚式以来2回目で、ちょうど10年ぶりでした。自分自身も結婚式をしていない上に、そのような儀式的なものが僕は苦手なので、高校時代の大切な友人の結婚式にも出席をお断りしたほどです。しかし今回の結婚式は、参加して本当に素晴らしい結婚式だったと思いました!

もちろん、そういう儀礼を「自分が苦手」なだけなら相手のためにも我慢して出ろ、という話です。僕がそのような有難いお誘いを数少ない友人からいただいていたのにこれまで断っていたのは、やはりその儀式というものに対する疑いと警戒心があったからだと思います。いわく、「結婚式を祝うというのは、株式会社の上場詐欺のようなものであり、上場する瞬間に最高の株価をつけてはあとは下がる一方であるかのように、結婚式に二人の関係性のピークをもっていくのは、欺瞞でしかない。」とか、そもそも「日常を大切にすることこそが大切であり、儀礼という非日常を大切にしようというのは、日常の結婚生活(家事や育児の分担)という、より困難な取り組みとそこから生じる二人の間の衝突をごまかすための詐術にすぎない。」などとよく言っていました。あるいは、「「儀式」という心がこもっているはずのものとして見られるものに心がこもっていることを推定しようとしても、それは幻想にすぎない。むしろ、そのように「心がこもっているはずのもの」として立ち現れる儀式には、そこにはもう既に心がこもっていないことをごまかす働きがある。」とも。そのように僕は儀式嫌い、特に結婚式嫌いでした。

そのような儀式の中でも、なぜ特に結婚式が苦手なのかといえば、「おめでとう!」と素直にいえない、という理由が大きいと思います。既に結婚生活を送られている方は、友人や家族の結婚に際し、「本当におめでとう!」と祝福できますか?僕にはそれを素直に祝福することはできません。もちろん僕自身が結婚生活に恵まれていないかといえば、外側から見れば、かなり恵まれている方であると思います。ただ、僕にとって結婚後の生活は、喜びである以上に苦しみの方が大きいものです(僕はこんなことを言っていますが、僕の奥さんにとっては、僕よりもさらに喜び以上に苦しみが大きいでしょう!それも自覚しています)。違う人間がともに生きていこうとするとき、真剣にともに生きていこうとすればするほどに、互いの違いに悩み、苦しむでしょう。おそらく、互いに決定的に理解できないものを相手の中に見出し、しかし、それゆえに距離を置くことのできた独身時代とは違ってそれを抱える相手と付き合い続ける、というのは逃げ場がないがゆえに、本当につらい取り組みであると思います。もちろん、それは極めて有意義な取り組みです。同質な(あるいはそうだと自分たちが思い込んでいる)もの同士がくっついては、異質のものを排除しようという傾向が強くなりつつあるこの社会において、容易には別れられない異質な相手と向き合わざるを得ない、という取り組みは極めてかけがえのないものです。しかし、そこでかけるべき言葉は、「おめでとう!」ではなく、「がんばれ!」ではないのか。あるいは「こちらももう少し頑張るから、君達も是非がんばって!」ではないのか。この疑問こそが、僕にとっては結婚式を特に縁遠いものに感じさせてきたものでした。

しかし、先日の結婚式では、たった1日の式ながら、そのようなお二人の懸命なこれまでの歩みを感じさせていただけるような式でした。なるほど、このようなお二人に対してこそ、「おめでとう!」という言葉をかければよいのだな、と思わされるような式でした。もちろん、結婚生活は長く辛いものです。人生は、さらにまたそうであるでしょう。当初の感動や理想が、容易に様々な妥協や諦めに固着していってしまうかもしれません。「しかしそれでも、このお二人なら‥」と思わせていただけるような、本当に素晴らしい結婚式でした。
そして、それは僕もまだ諦めるわけにはいかない、ということを改めて決意させられる契機となりました。

「家族は社会の最小の単位である」という言明は、そこでの「家族」というものの定義がそもそも各社会によって異なるがゆえにあまり意味のない言葉ではありますが、しかし、その一つ一つの家族の中に、その構成員同士の決定的な相違とそれを尊重しあえる多様性が存在するのなら、そのような家族からなる社会もまた、そのような相違と多様性を尊重しあえる社会になるはずです。逆に言えば、LGBTの人々を厳しく攻撃する社会、あるいは冷たく拒絶する社会とは、そもそも一つ一つの家族の中に相違と多様性が存在しない社会であるのかもしれません。もちろん、家族の構成員が人間である以上そこに相違と多様性が存在しないことはありえないため、そこでの相違や多様性を見てみないふりをする家族であった、ということがその原因となっているのでしょう。

太宰治の言う「家族の幸福は諸悪の本(もと)だ。」という仮説の正しさを踏まえた上で、僕は自らの家族を作ろうと決意しました。家族の間の違いを見て見ないふりをせずに、家族の中の他者を他者として認め、話し合い続けることが、家族の外の他者をも愛することにつながりうる、と思っていたからです。それは何も僕が始めたことではなく、僕が教師として接する中で尊敬するご家庭はみな、このように言語化はしないまでもそれを当たり前のこととしてなされていました。今回、お二人がそのような道を選んで結婚をされる(と、僕には感じられました。)ことに心からの祝福と、心からの応援とを、常に持ち続けていきたいと思っています。

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教え続ける意味。

昨年度の入試は、本当に辛い結果の連続でした。どのような年でも全員が納得のいく合格というわけにはいかず、そのたびにこの仕事を辞めたくなるのですが、昨年度の入試に関して言えば本当に落としてはいけない受験生が(おそらく僅差で)落ちてしまう、という受験ばかりであったため、本当に落ち込みました。

しかし、受験生本人が落ち込んでいる中で、こちらが落ち込んでいるわけにはいきません。そのように必死に自分を叱咤激励しては生徒たちを励ましていく中で、一つ気づいたことがあります。それは、僕の仕事は受験生を合格させることにあるのではない、ということです。

いやいや、それは不合格が続いているから起きた現実逃避でしょ、というご批判はもちろんです。あるいはそもそも学習塾など受験生を合格させるためだけに存在するようなものでしょう。その本来の目的を見失う、あるいは放棄するつもりは毛頭ありません。自分に力が足りないところに関して言えば、もっと必死に補って、もっと合格できるようにしていきたいという思いは強く持ち続けています。しかし、それが全てではありません。大切なのは、合格すればそこまでの過程の全てが肯定され、不合格であればそこまでの過程の全てが否定されるかのような受験において、いかに最後まで諦めないでいられるかどうかであるのだ、ということです。一つの結果を見て絶望する人もいれば、それを契機として以前よりもさらに頑張っていく人もいます。入試がどのような結果に終わろうとも、そこで彼らの人生が終わるわけではありません。そこでの失敗が多少あろうとも、そのあとも努力をし続けていくことが大切ですし、そこでの成功がたまたま得られたとしても、そのあとの努力を怠っては結局ろくでもない人間になります。

つまり、結果が全てである入試に毎年携わる僕自身こそが、受験生の誰よりも「この一つの結果が全てではない」ことをどこまで信じられているかが問われているのだといえるでしょう。今年の様々な堪え難い不合格の結果を見る中で、僕自身が生徒たちにしてあげられることとして、そこの覚悟を伝えることこそがより本質的な教育なのだ、ということを改めて実感させられました。

そして、だからこそまた難しいのです。
結果が全てだと狂信的に信じることができれば、結果は出やすいものです。
(最近は医学部志望者に多いです)
しかし、それは原理主義者としての自己、出口のない自己を定めることになってしまいます。
とはいえ、「出口」という名の逃げ道ばかりを作る相対主義者には、何事も成すことはできないでしょう。

カール・R・ポパーの言うように、「人類のここまでの科学の進展そのものを現時点での有効な仮説としては評価するものの、それが仮説であるという限定を決して忘れない。」というアプローチは僕には正しいものだと思えますが、そのような「自分がfanaticには信じ切れないもののために、命がけで頑張る。」という崇高な姿勢に人類が耐えうるかどうかが、問題であるのだと思います。

それはまた、大栗博司先生のブログにあった、この議論とも関わってくる問題です。
このブログ記事の中での田崎晴明先生のツイート部分の「そもそも、「正しいビジョン」というのも、多くの場合には、単に今の時代で支配的な価値観に過ぎず、普遍的なものとは言えない と考えています。」というところにこそ僕は全面的に賛成をするわけですが、そのように考えながらも、その「正しいビジョン」が少しでもより正しくなるために努力をする、という姿勢自体が人間にとってはかなり厳しいものであるのだと思います。自分の様々な努力や時間、苦労が普遍的なものに資していると考えたくなるのが人間というものですから。科学者というのは、その点で、自分の一生をかけた努力が、一つの仮説に過ぎないという厳しさと対峙をしなければならない存在だと思います。だからこそ、その覚悟で取り組む一人一人に僕は心から敬意を持っています。

もちろん、このような問題意識自体は僕も開塾当初から持っていました。
それはたとえば、この塾を開いた当時の塾の紹介文からもわかると思います。ただ、あの頃
「問題」として捉えていたものが、自分から遠く離れたところにある難問としてではなく、自分の生き方として切実に問われざるを得ない、ということを10年経ってみて、今年改めてまた教えられた、というのが偽らざる感想です。それを「進歩していない」ととるのか、「初心を忘れていない」ととるのか、あるいは森有正風にかっこよく「問題が深まっている」「質が変化している」というのかは、まあどうでも良いのですが、「教えることで教わることの方が多い。」という少なくとも中学生の頃には気づいていた事実にもまた、改めて気づかされるこの1年だったと思います。

ともあれ、新年度が始まりました。
今年も受験生一人一人に、「絶対に落ちないために何をしていくべきかを徹底的に考え抜き、相談していく」という作業と「受かるか落ちるかが君たちの人生を決めるのではない。一生努力できるかどうかが君たちの人生を決めるのだ。」というメッセージというその相反する二つのことを、どちらも必死にやっていきたいと思います。

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付け合わせのサラダのドレッシングのような塾でありたい。

今日、定期的によく行く洋食屋さんで昼食を食べました。そこは非常に値段が安く、料理も手が込んでいてボリュームがあって、本当に素晴らしいお店なのですが、久しぶりに行ってみて、そこの付け合わせのサラダのドレッシングの味に改めて感動を覚えました。普通のドレッシングに見えて奥深い苦味があり、なんというか(付け合わせも含めて750円くらいの料理に)ここまで手をかけ、心を込めて作れるのか、と改めて自分の仕事ぶりを反省しました。

それとともに、最近マルセル・モースの『贈与論』を読み終えて、踏まえておくべき本として(手当たり次第に買ってとりあえず)読んだはずなのに、今の僕の問題意識と重なり合うところが多く、とても考えさせられました。

「質が高いからこそ、値段を高くする」という方向性は市場経済の理屈を進めていくことになるわけですが、そもそもモースの言うように、市場での交換というものの成立が、集団同士の互いの贈与の応酬に由来しているのであれば、その市場経済の理屈を進めていくこと自体が社会的紐帯を破壊する方向へと手を貸すことになってしまいます。「等価交換」が当たり前とされる社会では、交換という行為そのものをいくら繰り返そうと、人と人との結びつきには全くつながりえなくなるからです。逆に言えば相互の贈与の応酬によって「交換」が成り立っているときには、今現在、贈与を受けている側は必ず劣位にあることになります。先のレストランの話であれば、「こんな値段でこんなに美味しくて手の込んだものをお腹いっぱい食べさせてもらって、申し訳ない。」という思いが、自分からもそのお店に対して、あるいはそのお店に対してでなくても他の誰かに対して、何かをしなければならない、という思いにつながっていきます。

価値を正当に評価して交換するという等価交換の発達は、社会の進化に見えて実は退化である、というのがモースの主張でしょうが、これには僕も全面的に同意します。「等価交換」ができることによってプラスになっているものは、社会の紐帯の弱さという見えないところでのマイナスへとつながってしまってきているのだと思います。(これは何もこんな小難しいことを言わなくても、「金を払っているのだから」「こちらは客だぞ!」という見苦しい態度をとる消費者のことを考えれば、当たり前のようにわかることではないでしょうか。お金を払うというだけで、対等な人間同士の関係性ではなくなる、という思い上がりは実は等価交換を前提とする市場が社会に対してもたらす一つの帰結であると思います。)
だからこそ、冒頭で述べたような洋食屋さんの存在というのは、実はこの社会にとって非常に大切であるのです。
これは前にもブログで紹介したべんてんさん、あるいはいつも塾でお世話になっている福よしさんとかも同じように、この社会にとっての財産であるだけでなく、この社会にとって、市場経済の外の可能性を示してくれるお店であると思います。

翻って、嚮心塾も、その定食屋さんのような存在になれているといえるのでしょうか。安さやボリュームは、負けていないのかもしれませんが、品質という意味ではまだまだ改善の余地があるように思います。僕が死ぬその瞬間まで、その品質を少しでも高められるように、すなわちこの塾に通う全ての生徒達にとって僕の指導が月謝分の等価交換をはるかに超えたgiftになれるように、全力を尽くしていきたいと思います。(「超過分のgiftはいつか僕に返してね。」なんて言いませんよ!超過分は、誰かのために使ってもらえたら。もちろん、少し塾に返していただいても・・・)

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国公立入試二日目です。

一人一人の受験生が、最後まで全力を尽くして戦えるように、この二日間は何度もやりとりをしています。

そういえば、先日他の塾にも通っている塾生が、「他の塾の浪人生とかって全然勉強しないんだね。
この塾の浪人生を毎年見ているから、そこに驚く。」という話をしていました。
僕もよく街中で自分の勉強をしているときに、予備校生がカフェで勉強しているのに遭遇しますが、
正直勉強をしているのか、雑談をしているのかよくわかりませんし、そもそもその「勉強」も、予備校から与えられた教材の予習復習程度で満足していて、それ以外の勉強というのがあまりできているように思えません。
本来は予備校の授業の予習復習は、そこでわかる自分の弱点を炙(あぶ)り出す為のものでしかなく、
それを終えたところから本当の勉強が始まると思うのですが、なかなかそのようにはやれていないようです。

嚮心塾の塾生は、そういった世間一般の予備校生に比べれば、本当にみんな頑張って努力をしていると思います。それでも合否が別れるのは、ひとえに僕の力量不足です。その力量不足を少しでも埋められるように、必死にあがき続けていきます。しかし、本当に大切なのは、そのように塾生の一人一人に芽生える、自分から努力をして行く姿勢であると思います。どの受験であれ、中学受験や高校受験はもちろん、一般には最後と見られる大学受験であれ、それで人生が終わるわけではありません。努力をし、結果を出すために工夫をして行く姿勢をその段階で身につけられることこそが、何よりも大切であると思います。もちろん、それに志望校の合格がついてくるように、こちらは必死にやるわけです。しかし、たとえ第一志望に合格しようともあるいは不合格になろうとも、大切なのはそのように自分で創意工夫し、努力して行く姿勢だということを塾生には最後の最後まで伝えていきたいと思います。

ここから結果が出るまでが例年非常に辛い時期ではあるのですが、最後まで最善を尽くせるようにやっていきたいと思います。

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塾をしていて、一番辛いこと。

学習塾をしていて一番辛いことは、まだ合格できていない子がいるときにでも、他の子の合格を心の底から喜ばねばならないことです。これがまだ家庭教師とかであれば、そのお家ごとに切り替える(かのように振る舞う)ことはできるのですが、塾ではそうもいきません。塾を開いてもうすぐ10年になりますが、これだけは慣れることがありません。おそらく、一生そうであるのでしょう。

情報を処理することや思考は訓練によって分割して処理をすることができます。いわゆるパソコンのマルチウインドウのように、です。ただ、感情だけは、やはり分けられないようです。
そのような感情の処理の仕方が稚拙であることを、不完全さの現れであるとみなすのか、人間らしさの現れであると見なすのかは難しいところですが、ここに関しては長く教えれば教えるほどに、逆に感情としては強くなっていくように思います。たとえば教えることを始めた時と比べ、今の方が逆に、その痛みを強く感じるようになったと思います。もちろん、感じなくなるのであれば、他に教えるスキルがどれほど向上していようとも、塾などやっても仕方がないでしょう。嚮心塾が終わるとしたら、経営がうまくいかないで潰れる、僕が死ぬ、という可能性以外に、僕自身がこの痛みを感じなくなったらもう閉めるべきである、と思っています。しかし、その感情が年々風化するどころか、逆に強くなっていくのには、10年間を経て僕自身が驚かされています。

塾でも様々に合否が出てきています。しかし、ここからが国公立前期試験に向けての最後の追い込みです。
その最後の追い込みの中で、決して後悔のないように徹底的に、一人一人の受験生を鍛えていきたいと思います。

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愛人稼業。

著名人の愛人80人騒動なども世間ではありましたが、学習塾や家庭教師などというものは、所詮、愛人稼業であると僕は思っています。「正妻」(学校)の不満や足りないところを補うための役割を期待されて、ちやほやされたり持ち上げられたりしたとしても、少しでも役に立たないと思えば途端に切られてしまいます。あるいは、他にもっと条件のいい「愛人」(別の塾)を見つければ、すぐに切られてしまいます。教育産業で働く教師というのは、誰でもその悲しみを抱えながら教えているのではないでしょうか。結果を出せればよいものの、どんなに努力してもなかなかに結果が出なければ、「貴塾の教育理念に感銘を受けて‥」と言いながらも、さっさと別の塾に乗り換えられてしまいます。
 それだけではありません。そのように、打算からしか始まっていない関係であるのに、教師は塾生や卒塾生を献身的に思いやることを要求されるわけです。それも、そのように一方的に切られた相手をも含めて、いつでもその子のためを考えていなければならない、というわけです。このような、自分にとって非対称的な「愛」を貫くことができるのは、聖人のような心根の持ち主か、あるいはそのような努力の代償として経済的利益を得られるかのどちらかでしか難しいでしょう。しかし、そんなに聖人のような心根の人は多くない以上、そのような家庭のエゴイズムに対して多くの塾の教師が異議を唱えないのは、それでも異議を唱えないことの方が経済的利益を得られる、という打算からの選択であるのだと思います。儲け重視の教育産業というものを僕は本当に唾棄すべきものであると思っているのですが、しかし、逆に儲からなかったらこんなしんどいことなどやっていられない、というのが彼らの本音であり、それはやはり一定の理解を示さねばならないのかもしれません。

 僕自身のことを言えば、教え始めはこのことが本当に苦痛でしかありませんでした。こちらは様々なものを犠牲にして必死に教えていても、少し成果がでなければ(そしてそれは往々にして勉強する本人のモチベーションの低さという要因が強いのですが)とたんに首を切られてしまうわけです。その理不尽に、怒りというよりは深い悲しみを覚える毎日でした。過去形のように話しましたが、それはもちろん、今でもずっと続いていることです。
 しかし、それとともに、そのような価値観の中でも評価され得るように、自分を鍛えなければならない、とも思ってきました。僕のため、ではなくその子たちのために、そのような価値観でしか測れないとしてもその狭いストライクゾーンの中で評価してもなお、嚮心塾が「ストライク」と判定されるような努力をすることで、彼ら彼女らの力になるきっかけを作れれば、と思ってやってきたところがあります。
 かつて、僕の師が、灘やその他全国のトップレベルの受験生を集めて、「せめて君たちのその狭いテレビ画面のような枠に僕を映し出してくれれば、僕はそこからでも君たちと出会えるように努力したい。」という話をされていて、彼らの枠の狭さ、頭の悪さをバカにしていた当時の僕としては、そのような優しさというものを人間が持つことができることに、感銘を受けていました。しかし、今になって自分がそのように取り組むことを続けてきて思うのは、それ以外には道がないのだ、ということです。他に道がないからそうせざるをえないことを、「英雄的な努力」とみなすことは、まさに自分がその「他に道がない」という絶望的な現実と向き合っていないからこそできる態度でしかなかったのだと、改めて反省させられます。それは、どちらか一方(この場合は灘高生)が愚かなのではなく、お互いに狭いストライクゾーンの中でしか他者を理解できない、という条件の下で、人間が他の人間をどのように理解しうるのか、という普遍的な難題であるのだと思います。

そしてさらに難しいのは、そのような互いにずれた狭いストライクゾーンを端緒としてもなお、人間同士でわかりあえることがあるとしてもしかし、それはもっと幸福になるとは限らない、ということです。永遠にわかりあえないでいるのなら、それはそれで幸福感を味わえるのでしょう。人間と人間とがわかりあえてしまうことは、永遠にわかりあえないでいることよりも、はるかに残酷な結果を引き起こすのかもしれません。わかりあえていないのに、わかりあえている振りを続けることができなくなるからです。そのような深い関わりを、いかにして避けて生きるか、が幸福であり続けるためには必要なのだと思います。しかし、それでは真理の探究は犠牲となるでしょう。

わかりあえないという絶望を嘆いているときのほうが、分かり合えるとして、しかしそれはより深い絶望でしかないと気づくことよりもはるかに幼稚な態度であるのでしょう。人間は残念ながら、分かり合える。しかし、それは人間にとって他者として設定している人々への理解を拒むことで成立するほとんどの人間的関係を乗り越えてしまうが故に、希望ではなく、絶望である。あるいは、連帯ではなく、孤立への道である。そのことを、森有正の『ドストエフスキー白書』や原田正治さんの『弟を殺した彼と、僕』という本を読みながら、考えていました。

閉じた内部を愛することしかできないのなら、人間は昆虫と同じです。それはベルクソンが言っている通りだと思います。しかし、閉じた内部から出て、外部を理解しえてしまうという、この人間の認識能力、というより情動能力は、人間自身にはかなり耐えかねるものなのだと思います。それが、ドストエフスキー自身が、何度も書き連ねた人間が根本において直面している問題です。いや、これは別にドストエフスキーが書こうと書くまいと、根本的な問題として、人間自身がずっと直面してきたことなのでしょう。

その意味で、今年も最後まで僕は自らの「愛人稼業」に誇りを持って、生徒一人一人を教えていきたいと思います。自分が理解されないとしても、自分が理解をすることを恐れずに、一人一人を鍛えることに専念して、残りの厳しい受験を徹底的に戦っていきたいと思っています。

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