嚮心(きょうしん)塾日記

西荻窪にある、ちょっと変わった塾です。

2017年度受験をふりかえって(その2)

T・H君(桐蔭学園高卒)       中央大学商学部合格(進学)
                  学習院大学法学部合格 日本大学法学部合格

僕は高校三年生の夏から入塾し、一年間の浪人生活を経験しました。受験勉強を振り返って印象に残っていることは英文解釈を多く行なったことと日本史センター試験の過去問を勉強したことです。英文解釈は正直言って時間がかかり逃げたくなることですがわからない単語の推測や文章を早く読むために必要なことです。全ての文章を品詞分解し、品詞分解できなかったところや文の構造がわからないところを先生に聞くことで英文法において理解の足りなかったところがわかり自分の苦手を潰し大きく成長することができました。センター試験日本史の過去問で90点以上をキープすることを行いました。これをやることによって日本史の問題の出され方がわかり出題者がどういうところで受験生をひっかけようとしているのかがわかるようになりました。これを行なったことで伸び悩んでいた日本史の点も伸びました。
受験を振り返って反省したことは塾に来ることと広い視野を持って多くの知識を得ようとすることです。自分の家や学校でも勉強はできますが勉強していることに満足してしまったりひとりよがりの勉強になってしまうことがあります。実際僕は病気やケガをしてその間自宅で勉強していましたが気づかずに長文の解き方を変えてしまったりして正確に長文が読めなくなったりしました。やはり先生がいる環境で勉強をして逐一確認してもらうことが大切です。広い視野を持って多くの知識を持つことは非常に大きな違いが生まれます。特に文章を読むときにわからないところを予測できたり内容を先読みできたりするからです。自分はあまり新聞を読んだり読書をすることはなく、また受験勉強では早くから英語国語日本史に絞っていたので世界史や倫理などの知識が不足していたため入試問題そういう内容の文章がでてきたときは苦労しました。英語や社会科科目で差がつきにくい難関大学では国語で差がつくことがあるので国語ができるかで合否が大きく変わると思います。知識を得ようとしなかったことは僕が後悔していることです。大学では今まで読んでこなかった分多くの本を読み、また塾で学んだ勉強の仕方を活かし第二外国語の習得に励みたいと思います。柳原先生、講師の先生方、そして一緒に勉強した友人達ほんとうにお世話になりました。

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2017年度受験を振り返って(その1)

I・K君(都立調布北高卒)   首都大学東京システムデザイン学部航空宇宙コース合格(進学)
               東京理科大学理工学部物理学科合格     学習院大学理学部物理学科合格
一浪して、国公立に入ることができました。僕は非常に環境に恵まれたと思います。このような環境を作ってくれた先生、親、友人にはとても感謝しています。ありがとうございました。

僕は高2の冬くらいにこの塾に入りました。大学受験の右も左も分からず、恐らく先生は「こいつ大丈夫か」と思っていたと思います(笑)。この受験を通して、勉強に必要なものは大きく分けて2つあると感じました。
1つめは新しいことを学ぼうとすること。
2つめは自分の間違った思考を改めることであると思います。

最初の自分は、新しいことに執着し、自分の誤った考えを直そうとしませんでした。しかしこれは勉強していく中で徐々に先生に軌道修正され、このようなことが前に比べてできるようになりました。これはすごいことだと思います。今までの自分がダメなものだと感じ、それを矯正していく能力はどのような分野に行っても必要なことです。もし受験がなければこのような自分の悪いところを見つめることなく、傲慢に生きていたと思います。まだ完璧にできているわけではありませんが、このような弱点を把握することができたいので、これをつぶして前に進んで行きたいと思います。

他に受験勉強を通して感じたことは、努力するだけでは報われない、ということです。僕は「自信などは後からついてくるものだ、とりあえず実力が先だ。」と思って勉強をしていました。このようなメンタルだったので、解けないことは自分の実力不足であり、勉強が足りないからもっとやらなければと思い、ひたすら参考書をやっては過去問をやるというようなことを浪人になってからの夏までは機械的に行っていました。しかし過去問では思うように点数は伸びず、自分でも少しやり方に疑念を感じていたところ、5月くらいに先生に「君は努力が免罪符になっている。」と言われたことを思い出しました。その言葉をよく考えてみると、僕は確かに勉強時間を確保していたが、それだけで満足し、向上心があまりないのだという風に捉えることができました。これは僕の人生を根幹を揺るがすと行ったら大袈裟かもしれませんが、かなり深い所を先生は見抜いていたのだと思います。確かに僕は努力することはできますが、努力の質を上げないと意味がない。そこを僕は怠っていました。そしてそれに気づかず、というか気づきたくないと思っていた所を指摘してもらえたことはとてもよかったと思います。それを考えてからは徐々にできるようになっていきました。前に述べたことと重複する内容かもしれないですが、これは非常に良い経験でした。

大学に受かってからが本当の勝負だと思います。自分が周りに対して何ができるか、ということをしっかりと考え、すすんで勉強し、世の中に出ていく必要があると自分はこの受験を通してとても感じたので、自分の天命を全うするために四年間かけて探していきたいと思います。

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2016年度合格体験記(その3)

東京医科大学医学部医学科合格(進学先)O・S君(海城高3)
日本大学医学部医学科合格

この塾には高一の冬に入った。高三になり他の受験生とも話したり、先生と話す機会が多くなった。「家が貧しいため、バイトで塾代を稼いで塾に来る」浪人生や現役生の話を聞いたとき、衝撃的だった。自分や学校の友人は「勉強の妨げになるからバイトはしない」、塾の友人は「塾に通うためにバイトする」。それまで、勉強できる自分の環境を恵まれているとは思っていなかった。小学生の頃から塾に通っていて、中高でも塾に通いたいと言えば通うことができた。その環境が自分には当たり前だった。テレビや新聞で「勉強できるのは幸せ」と聞いたことはある。しかし、中高の周りの環境ではそういう考えを持った人はいなかったので、本当に実感してはいなかった。この塾で「勉強したくても出来ない」友人と席を並べることで、自分がどれだけ恵まれているのかを実感することが出来た。
 この塾には様々な人がいる。進学校に通い大学受験をする人や、塾に通うためのバイトをしながらの人もいれば、浪人生なのに遊び呆け勉強をしない人もいる。また中学受験をする小学生もいるし、学校の勉強に付いていくために塾に来ている人もいる。そういう人達と同じ場所で席を並べ勉強することで、自分は、自分の環境が恵まれていることや、大手予備校に通っていたら知り合えなかった人の環境を身にしみて感じることができた。自分とは全く違う生活を送ってきた友人達と大学受験を目標に勉強できた事は本当に良かった。
 最後に、根気良く教えてくれたチューターの方々・勉強はもちろん他の様々な事を教えてくれ、体験記を辛抱強く待ってくれた柳原先生・塾を見つけてくれた父・受験生時代に献身的なサポートをしてくれた母、ありがとうございました。合格できたのはみなさんのお陰です。大学では、高校時代のような怠惰な生活を送るのではなく、勉学に励んでいきます。

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2016年度合格体験記(その1)

法政大学理工学部合格(進学先)
日本大学理工学部合格                                      H・M君

自分は3年間引きこもっていました。同じ年の学生が高3になる頃からこの塾に通い始め、1浪して無事合格しました。
引きこもりをやめようと思ったきっかけは生活に息苦しさを感じたこと、親類に学校を辞めたことについて「まあ、いいよ。」と言ってもらったことです。
鬱病の人に頑張るよう言うのは良くないという話はよく聞きますよね。
当時自殺も考えていたので、今思えば自分もそうだったのかなと思います。
頑張らないように言って頑張らなくなるかもしれないから、難しい話ですが。
こうして考えていると鬱病の人は頭の中で凄く頑張っているのだと思います。

引きこもりをやめるとなると、まず大学を目指すことにしました。
大学受験には高校卒業資格が必要です。資格を取るには通信制の学校に数年通うか高卒認定試験で合格するかです。自分はこの塾に通い高卒認定試験を受けました。通信制の場合、取得に時間がかかるので。あまり考えずにその選択をしましたが今では非常に良かったと思っています。

大学受験に関して思うことはモチベーションを保つのが難しいということです。自分は目指すものが無いですし、友人も居ないですから。だからお金のため、自分のため、家族のため、充実感のため、いろいろな理由を考えて途切れるやる気を繋げていました。
そんなあまりやる気の無い自分ですが、意外に合格したことが嬉しかったです。
こういう気持ちが生きる気力になるのかなと思い、絶対に忘れないようにしていきます。

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2015年度受験を振り返ってその3

E・Mさん(学芸大附高卒)          北海道大学理学部化学科合格(進学先)
                      早稲田大学先進理工学部合格
                      東京理科大学理工学部合格
嚮心塾に通ったきっかけは、友人の紹介でした。
一浪の時は自宅浪人をしていてある程度は力がつきましたが、苦手だった英語はなかなかできるようにならず、二浪では英語塾に通うつもりでした。
しかし、何件かの塾を回っても、やることは先生が用意した問題を生徒に解かせたり、文章を読ませたりしているだけでした。これでは「私が英語を克服できない理由」が分からないと思い、英語塾探しには見切りをつけました。全体授業が無くて、基本的には自習をするスタイルであり、必要な時に先生が付き添ってくれるような、なんとも都合のいい塾を必死に探していました。その時に、友人の紹介を思い出し、訪ねてみることにしました。
実際に通ってみて、嚮心塾はまさに自分が求めていた塾だと分かりました。すでに分かっていることを丁寧に教えてもらったり、分からないところ飛ばされたりするような大手の塾と違い、自分に合った参考書を自分のペースで解き進め、疑問が生まれたときはすぐに聞くことができるという、自分本位の勉強ができる塾でした。又、受験生には自分の棚が用意されていたり、飲み水を自由に飲めたりなど、細かいところにも配慮されていてとても通いやすかったです。参考書は市販の物を使用しているので、「この問題解いてみたかった!」と思っていた参考書も解くことが出来たのも、とても気に入っていました。
英語ができなかった理由は、先生に細かい疑問を何度も何度も聞いていくうちにだんだんと分かってきました。例えば、とある文章で使われているasの意味が分からない、というような小さい疑問の積み重ねによって、英語が難しいものとしてインプットされていたのだと思います。夏まではその小さな疑問を洗いざらいにすることから始めました。最初は疑問だらけで、挫けそうにもなりました。しかし先生は嫌な顔一つもせず、全てに対して丁寧に教えてくれました。その勉強によって、夏以降には文章も少しずつ論理的に読み進めることもできました。今まではあてずっぽうで読んでいた、暗号のような文章が、まとまった合理的な文章へと変わっていきました。又、英語を使ってコミュニケーションをとることへの意欲も高まりました。ここまで英語を楽しめるようになるとはと、とても驚いています。
私は受験勉強の傍ら、バイトもしていました。そのため、時間も限られていたし、精神的にも辛いことが多々ありました。その時間を有効活用するために、先生に勉強の仕方を頻繁に相談したり、日々の愚痴を聞いてもらったりすることもありました。先生はとてもフレンドリーなので、困ったことも話しやすく、勉強している間は余計な心配をせずに済みました。
結果的には、第一志望に合格できませんでしたが、苦手へのアプローチの仕方を学び、勉強に対する意欲も付きました。又、できないことをできないと決めつけず、チャレンジしてみる勇気も生まれたように思います。消極的な自分を、後押ししてくれるのはいつも先生だけでした。しかし、それがあったから今自分は色々なことに挑戦していこう、と思えるようになりました。
一年間でしたが、本当にありがとうございました。

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2015年度受験を振り返ってその2

T・Aさん(穎明館高3)         慶應義塾大学看護医療学部合格(進学先)
                     聖路加看護大学看護学部合格

私は、元々塾に通う気がありませんでした。学ぶなら教科書や参考書を見て自分の力で学びたかったし、私個人の考えですが、授業の様にもう一度他人から学びなおすのは時間の無駄だと思ったからです。そんな時、先輩からこの塾について聞き、自分で学び、分からないところを質問するというこの塾のスタイルが自分にはとても合っているなと思い、通い始めることにしました。
私は特に英語が壊滅的に苦手で、他の教科もすべてやり直さなければ全く受験に太刀打ち出来ないぐらいの学力でしたが、柳原先生は何から手をつけていいのか、どの教材を使うべきか、的確に教えて下さいました。だからこそ、自分にとっての最短ルートで学ぶことが出来たのだと思います。
自分では解けない問題を質問した時、先生は私がどこが分からないのかをしっかりとらえて説明して下さいました。私は、他人に説明してもらう際、聞きたいのはそこの説明じゃないんだけどな....と思うことがしばしばあったのですが、先生に質問した時はそう言う事がありませんでした。
また、成績が足りず、学校の先生には諦めた方がいいと言われ、自分でも不安になっていた中、柳原先生はずっと前向きな言葉をかけてくださいました。先生の言葉がなければ、きっと志望学部を受けずに終わっていたと思うし、もっと妥協し続けていたと思うので、先生には本当に感謝しています。結局志望学部には合格することは出来ませんでしたが、自分の受験勉強生活に悔いはありません。
本当にありがとうございました。

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2015年度受験を振り返ってその1

O.H.君(日大二高卒) 武蔵野美術大学造形学部建築学科合格(進学先)
               多摩美術大学環境デザイン学科合格
               長岡造形大学建築・環境デザイン学科合格

僕の浪人生時代を振り返り、まず第一に頭に浮かんだのは自分の逃亡癖の露見ですね。この逃亡癖、かなりのクセ者で、正直なところ苦い受験生時代のことなど何一つ思い出したくもなく、今すぐにでもこのアンケート用紙をグシャグシャと握りつぶし、クズ籠に放り込みたい気持ちで一杯です。ですが、それだと何のための受験勉強だったかさっぱり分からなくなってしまうので、どうにか書いていこうと思います。
今までの人生の中で、僕は努力らしい努力というものをしたことがありませんでした。そんな人間が大学受験、とりわけ美術系大学の受験なんてものをしようとするとどうなるか。白状すると僕は簡単にパニックに陥りました。高校生になるまでにまともにデッサンすらしたことのなかった自分はまず基礎的な鉛筆の使い方から勉強したわけで、これで美術系大学を志望するなんて、どれだけ世間知らずだったのだろうかと今では思っています。美術の分野だとたとえ受験勉強といってもなかなか先が見えず、自分の周りを見れば、自分より才能があるなという人達だけでした。毎日が不安で、自分の努力が正しい方向へと向かっているのかと考えてばかりいました。
こんな状態が長く続くとストレス耐性皆無である僕はどうやら極度のネガティブ思考になるらしく、勉強もデッサンもまともにできなくなり、全力で逃げ出すようになりました。もはや逃げることに体力を使っていたようにも思います。
この逃亡中の自分はとてつもない駄目人間で、時おり勉強していないことを親のせいにもしていたりもしました。もしも柳原先生と出会っていなかったら僕は受験勉強はおろか、人としても終わっていたように思います。嚮心塾に通うようになってからもこの逃亡癖は続きましたが、以前よりもずっと軽いものになりました。この塾では誰もがなり振りかまわず努力していて、ここで僕は初めて努力というものを学ぶことができました。塾での時間は、新しい発見の連続で、今まで自分がどれだけ考えなしに生きてきたのかと恥ずかしさを噛み締める毎日でした。先生からは考えて生きることの大切さを学び、そして先生が勉強面でのバランスを真剣に考えてくれたからこそ、僕もデッサンに集中することができました。
あれだけ尽力して頂いたにもかかわらず、第一志望に合格できず、申し訳ない気持ちで一杯ですが、これからは自分のことを選んでくれた大学でこの塾で学んだ努力を実践していきたいと思っています。
嚮心塾、貴重な時間、ありがとうございました。

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2014受験を振り返って(その3)

H・M君(都立立川高3)     首都大学東京都市教養学部人文学科合格
 「後悔先に立たず。」自分の受験生生活を振り返ったとき、この言葉が一番当てはまると思った。何の後悔か、と問われても私は明確にこれといったものを示せない。受験校の選択、入試直前の追い込み、あるいは自分のこれまでの人生までひたすら後悔した。私はMARCHも早慶も一橋も落ち、後期の首都大学東京に受かったが、合格を知った時、喜びは自分でも驚くほどあっさりと私の中から消え去った。「これはお前の望んだ結果か?」というささやきが聞こえた気がした。
 私は自分が努力家であると思う。事実、高2のころから学校が終わったら塾に来て勉強していた。高3の時は言うまでもなく、現役の高3の中でも勉強時間は多かったはずだ。嚮心塾の形態上、「サボり」が多いことを危惧する人は多いが、それは結局学ぶ人に依り、現に私はサボらなかった。また、私は頭が良い方だと思う。高校受験を経た人は分かるかも知れないが、都立自校作成校(都立の上位校)にも受かっている。高校でもぎりぎり上位には入っていた。昨今の学生間では容易に「天才」が作られるが、私もその「天才」の枠には入っているだろう。
 ここまでこの文章を読んでくれた人は「ネガティブ」と「ナルシスト」という相反する印象を受けるかもしれない。実際、その印象は当たっている。私は常に自分を卑下しながら、内申では人より高みにいると考えていた。「君には劣るよ」と言いながら「国語の点数は俺の方が上だ。」と考えていた。「受験、厳しいなー」と言いながら「MARCHくらいならうかるでしょ」と私は考えていたのだろう。
「受験を舐めていた。」ありふれた言葉だが、これが私の感想であり、伝えたいことだ。猿も木から落ちるし、河童の川流れは起こるものだ。猿や河童が受験を前にした私の後輩やベテラン塾講師かも知れないと皆さんに忠告し、何より猿や河童であった過去の私をこれからの戒めとすることで、私は反省を終えようと思う。


T・Y君(桐朋高)      横浜国立大学経済学部合格
 高1の最後に文理分けをするまでは、好奇心から全ての教科を納得のいくところまで完璧にこなしてきました。しかし、受験に使用する科目を選択することになったときに、今までの勉強を否定されたように感じてしまいました。今思うと、評価を伴わない努力を無駄である、と感じるところに自分の弱さがあるのだと思います。その後は、受験勉強と今までの勉強への姿勢との違和感から勉強に興味が無くなり、ほとんど勉強をしなくなりました。高3の夏頃になって、受験勉強をしないでクラスにいる居心地の悪さから、勉強を始めました。やってみると、2年のブランクがあるわりには、意外にできることに気づき、「半年で京大あたりに受かったら、すごいんじゃね」と考えて、本気で勉強を始めました。7,8月で基本的なことを一通り終えると、「後は自分でできる」と勝手に考えて、嚮心塾にも通わなくなりました。ここからかなり伸びた自信はありますが、結局京大には落ちました。落ちたときは、プライドを守るためだけに受験をしてきた自分には何も残っていませんでした。その後、「浪人か進学か」というよりも「どのような姿勢で浪人すべきか」ということに悩み続けているとき、ある友達の話を聞きました。彼は、一橋に下げればほぼ合格できるが、東大だと五分位の学力をもっており、やりたい学部が東大にあるため東大を受験し、落ちた後は、すぐに後期に受けた横国へ進学することを決めていました。自分よりも優秀な人間が、第二志望の学校への進学を明確な目標をもって即決しているのを知ったとき、はじめて友達との(勉強やスポーツがどんなにできる友達にも感じたことのない)「差」を感じました。そして、大学名と将来の安定のためにもう一度受験する自分がむなしくなり、これが絶対に越えなければいけない壁ではない、と思い、進学を決めました。
 受験をしていると、勉強の目的が本質からずれていき、大学名という結果のみを求めてしまいがちです。そのまま合格すればいいのですが、落ちたときにはそういう人には何も残ってなく、むしろ努力をしたのにも関わらず自己否定に向かってしまいます。(そして、それは努力の量が多ければ多いほどにです。)今、受験に向かっている人達は、自分が落ちることなど少しも考えていないと思いますが、今のうちに受験への姿勢を考えておくのもいいことだと思います。

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2014受験を振り返って(その2)

K・N君(桐朋高)                      富山大学医学部医学科合格
振り返ってみて思いついたのは、受験とは自分との戦いであるという事です。どういう事かというと、自分の出来ない所を細かく見つけて、そこを得意になるまでやり続ける事がとても大切であるという事です。自分のできない所をやり続ける事はとても辛くてストレスがたまる事です。なので、どれだけ出来ない所を我慢してやり続けられるかが受験の勝負所だと思います。僕の場合は、後半の辛い時期に他人に頼ってみたり、何か理由をつけて塾を休んだりして自分に甘えてしまったので、第一志望は受けられませんでした。その事を今でも後悔しています。次に何か辛い事や人生における壁にぶち当たったら、全てを捨てて後悔ないように取り組んでいきたいです。また、受験にはどうしても運が絡んできます。実際テスト直前にやった事が、テストに出てくる事もありました。なので、自分の出来ない所を埋めるという作業は、自分の運を広げるという作業でもあると思います。

K・Rさん(創価高)                早稲田大学先進理工学部合格
国立大学に現役時落ちてしまい、浪人するために塾を選ぶとき、この塾とほかの大手予備校とまよいました。予備校では朝から授業があり、高校の延長のようなものだと思いました。確かに、周りに同じ志の人がたくさんいる環境のほうがいいのかな...と思いましたが、高校の自分を超えるためには環境を変えなくてはならないと思ったことと、得意科目と苦手科目の差が私はとても広く(化学数学がよく、英語国語がびっくりするほど苦手)全員で全科目同じレベルの授業を受けるよりは、科目別に対策できるこの塾を選びました。
勉強に関しては細かく見られるので、自分で気づいて いながらも、直せずにいた弱点を指摘していただいたり、この勉強の仕方でいいのかと疑問に思ったときに、すぐに答えてもらえて、安心して勉強ができました。特に苦手科目の現代文などは毎回私がキレ気味に、この文章何言ってるかわかんないんですけど!?と聞いても、わかりやすいように、先生の意見も少し混ぜながら教わりました。私は現代文を敵のように思ってましたが、少しは良さを感じれるようになったと思います。
この一年、勉強だけでなく、いろんな目標をもったひとや、いろんな性格の人を塾で見て社会勉強にもなるなあと思っていました。
志望校にはとどきませんでしたが、この塾で苦しみながらも勉強を乗り越えて、すっきりした気持ちでいます。一年間お世話になりました。

H・Mさん(杉並学院高)                        國學院大学 文学部外国語文化学科合格
私が塾に通い始めたのは、高3の春からでした。私は高校受験を失敗していたので、一般入試ではなく、入学時から指定校推薦を狙っていました。しかし、高3になる前に指定校推薦をとれないかもしれないと分かり、一般入試を考えるようになり、入塾させて頂きました。それまでの私は、定期試験の前しか勉強しておらず、勉強することにすら慣れていませんでした。そんな私のふわふわした気持ちを引き締めてくれていたのは、塾に通っていたみなさんの一生懸命勉強している姿や、柳原先生でした。先生は次々にやるべき事を教えて下さったので、それに必死でついて行きました。そのおかげで勉強することにもすぐに慣れ、勉強する習慣がつきました。

結局、私は指定校推薦をとることができませんでしたが、別の推薦入試を見つけ、一つのチャンスだと思い、受けることを決めました。一次試験は、小説の要約と自己PRでした。全て先生が添削して下さり、一次試験に合格。二次試験は英語の筆記と面接でした。それから一般入試のこともしっかり踏まえた上で、英語を中心に勉強していきました。勉強の進度や使う教材など、全て先生に任せていました。そして二次試験は、これで合格していなかったらどうしよう、と思うほどでした。

私が合格できたのは、本当に柳原先生のおかげだと思っています。本当にありがとうございました。

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2014受験を振り返って(その1)

Y・K君(都立小石川中等教育)       青山学院大学経営学部合格

僕がこの塾に通おうと決めたのは、扉を開けてから3秒でした。中高でろくに勉強をしてこなかった自分にとって、塾の空気感や空間的なimprovisation、塾長の揺るぎない存在感(何とも表現し難い圧倒的な何かを感じた)ということからしか塾を選べなかったのです。勉強することは、至って簡単でした。何故ならペンを握って覚える物を覚えてしっかりステップを踏んで修正していけばいいのですから。しかし、僕は勉強を自分で難しくしていたのです。勉強に対して「直感」や「好み」はほとんどが自分の力にならず、「自分に合わない」「なんか集中できない」なんていうのは、目の前の勉強に向き合おうとしていない情けない姿でしかありません。それを僕は2年間の受験生活の中で数多く行っていたのです。受験勉強に限らず、どんなことを行うにも結局は自分自身がどのように目の前で直面している事と向き合えるか、だと実感しました。今思えば、柳原先生がどれだけ効率良く、様々な方面からのアプローチを僕にして下さっていたか、その時にそれらを拾えず吸収できなかった自分に深く反省しています。
 やはり自分は力不足だったのでしょう、いや力不足なのです。結果、早稲田に行くことは叶いませんでした。僕は2浪目で初めて合格というものを体験するのですが、正直結果が分かった時、さほど喜びは湧き起きず、「あーなるほど、こんな感じか。」という気持ちでした。恐らく多くの人々は合格の瞬間から、その時までの勉強に対する自分の多くの欠陥を自然と忘れて新たな道を歩み始めてしまうのでしょう。「あの頃の欠陥を忘れるな。」という思いを自分の中に持つことは、重要なんじゃないかと僕は考えます。この言葉は、トラウマとして受験を位置づけることだったり、いつまでも受験のことを口に出すような輩の考えとは全く異なり、目の前に見えていた欠陥を見過ごし清算するようなことは、大学生活という名の「次のステップ」に得体の知れぬ安心感を覚えていつの日かまた以前と同じ壁にぶつかることに繋がりかねないし、自己の成長の妨げになると(というよりぶつかるまで退化しているのではないかと)考えるからです。大学に行くこととは、あくまでも「次のステップ」なのであって、それ以上でもそれ以下でもない。だからこそ、明日をどのようにして生きていくかを毎日懸命に自分のやりたいことになぞらえて考えていくことが必要になってくるのではないでしょうか。
 ここまで書いてみて、やはり自分はまだまだ未熟だなあと感じます。でも、ここに入る前はある程度言えたとしても実に中身のない話しか出来なかったのです。塾には行ってから本当に色々な事を考え、柳原先生に考えるための機会を与えてもらったりと本当に有意義な日々であったなと、感謝の思いでいっぱいです。こうした体験は受験というものがそうしてくれたなんてことはほぼ無いと言っていいと思います。もし受験のお陰だとしたら、僕は今頃余の大学生にinspirationを感じ、interestingな活動に魅せられているはずですから。
やはりこうして受験を終えた今でも、僕は受験オタクや受験に異様なほど熱心な親がつまらない人間に見えて仕方なく、理解に苦しみます。勿論この現代社会において高学歴を望むのは正しい選択にならざるを得ないと思いますが、そんな彼らからinterestingな方向性のidentityを微塵も感じられないというのは、果たして僕の感性が問題なのでしょうか。もっと育ててあげるべき感性があると感じます。しっかり向き合おうとする医師があるならば、この塾では勉強を通して自己を見つめる機会を数多く与えられ、自分自身を成長させることが出来る場所になると思います。何と言っても、自己の成長のために親身になって真剣に考えて下さる先生がいるというのは大きいです。
 この2年間、多くの方々に支えられた生活でした。やはり柳原先生には本当に様々な迷惑をかけた2年だったのでどう言っていいかよく分かりませんが、まず、ごめんなさい、そして、本当に感謝しています。
 少し前までPerfectionistを目指そうとしていたのですが、それは何年かかっても無理なようです。だからこそ、日々自分の進化のために慢心せず、傲慢にならず、誠実にcreativeにいきるために奔走していこうと思います。 

(高校受験生)
H・Tさん(成蹊中)    都立西高校合格

私は小中高と一貫校だったため、受験する必要がなかった為何度も先生に受験をするのはどうかと聞いていたのだが、先生は成蹊にいることのメリットとデメリットを教えて下さり、毎回成蹊にいた方が良いという結論に至っていた。そのため、様々な理由から受験をすると決め、本格的に受験勉強に取り組んだのは中3の11月からだった。私はみんなは一年間勉強してレベルの高いところに受かるのだから、4ヶ月ではそこまで上の学校は目指せないだろうと考えていたから、都立でも国分寺あたりにしようかな、と思っていた。だが先生は、そんなに低い目標じゃだめだ、受かるから西高や日比谷高にしなさい、とおっしゃった。その時の私は正直全く信じられなかったし、志望校を結局は下げるだろうな、などと考えていた(先生はあくまでも本気)。しかし、勉強していくうちに、西高でもいけるかな、と思うようになっていった。こう思えたのは先生のおかげだと思う。先生は私がどれだけ成長するかを的確に予測し、正しい目標を与えてくださった。もし違う塾なら、「さすがに西は難しいからもっと安全なところを受けろ。」と言われただろう(実際、色々なところに言われた)。要するに言いたいのは、先生は一人一人を本当に(他の塾では分からない所まで)よく分析し、指導して下さるということだ。今思えば、1月の模試でD判定だったのに、それでも全く気にせず最後まで勉強できたのは先生の指導を信頼していたからなのだろう。先生は1ヶ月でいくらでも伸びるとわかっており、そうおっしゃっていた。また、これは改めて思うのだが、高校受験は本当にぬるい。ただ最後まで真剣に勉強したかだけで合否が決まるし、詰め込むように覚えても受かるのだ。だが、これは大学受験には通用しない。このことは同じ机で大学受験生と勉強したからこそ、感じることができたし、分かった。だから私はこの塾の環境にいられることを感謝している。受験をしたことで大学受験のための勉強を止めてしまった。だが、受験をしたことで自分の欠点がよくわかった。何より、それまでの私のままで勉強していたら大学には絶対受からなかったと思う。のんびり勉強し、まあ、塾いってるしなんとかなるでしょー、と思っていたし、それでもってまあなんとか仕事について…などと思っていた。でも、実際そんなに甘くない(まだ事の全てをわかったわけではないが)。このようなことが学べたのは受験をした最大のメリットだと思う。
 最後に適切な指導をして下さった柳原先生とわかりやすく教えて下さった3人の先生方、本当にありがとうございました。また、この塾に通わせてくれ、受験のことを信じられないくらい調べてくれたお母さんや家族にも感謝したいと思う。

T・K君(荻窪中)    星稜高校合格

ここで勉強したのは短い時間だったが、今までの塾とは違ったスタイルで、自分に合っていたと思う。解く問題数を多くしていくにつれ、分かる問題が増えてきて、勉強しなくちゃ!勉強が楽しい!と思えるようになっていたし、勉強するクセがついた。また分からない問題をすぐに質問できて分かりやすく教えてもらえたので、ニガテが減っていった。自分のやりたい勉強を自分のペースで出来るので、コツコツと実力を高め、学習をしていく事ができた。

(中学受験生)
T・M君       穎明館中学合格

ぼくは5年生の頃から行きたい中学校が決まっていました。しかし、6年生になってもあまり勉強しなかったので、模試でも合格率が20%しかありませんでした。過去問でも最初の頃は全然点がとれませんでした。途中からやっと合格最低点に届いたり、届かなかったりしたけど、それでも「本当に大丈夫なのか」ととても不安でいっぱいでした。でも、苦手な地理や年表、生物、物理など今まで避けてきた分野を勉強していくごとに点数が上がっていき、ついに最高得点に届くこともたくさんありました。苦手でいやだった分野を克服したおかげで、ぼくは5年生の頃から「行きたい!」と思っていた中学校に行くことが出来て、とてもうれしいです。

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