
O・K(立教女学院高3)
東京外国語大学言語文化学部ロシア・ウズベク・モンゴル学科合格(進学先)
私はこの4月から第一志望校の東京外国語大学に進学することが決まりました。今年受験した唯一の大学でした。
私は中学受験をして、大学附属の中高一貫校に通っていました。この学校は中学から英語教育に力を入れているのが売りで、英語の特別プログラムなどもたくさん用意されており、私はそこそこ楽しんで参加していました。とにかく英語の長文を読ませ、英語に慣れさせることが中心の授業だったため、文法はざっくりとしたことしか勉強していませんでしたが、試験は授業でやった英文を丸々暗記すればなんの問題もありませんでした。恥ずかしながら、私は"本質を理解しないままの丸暗記だけでどうにでもなる"試験で毎回高得点が取れるのをいいことに、(中学3年の時点で英検2級を取得していたのもありますが)中学時代は自分は英語がものすごく得意なんだろうと思い込んでいました。実際全くそんなことはなく、高校に上がると同時に、自分は別に英語ができるわけではなかったということを痛感しました。文法や語法の知識がきちんと身に付いていなかったためにしばしば躓くようになっていたからです。附属の大学には進学せず大学受験をする、と決めたものの、高校1年の間はろくに勉強をしていませんでした。英語は躓いたままでしたが、前より英語ができないな、という程度に考えてあまり気にしていませんでした。
受験勉強を始めたのは高校2年の4月からで、はじめは河合塾に通っていました。受験勉強とはいってもその時は英語だけで、一番上のクラスで受講していましたが、そもそも文法語法の基礎が全くといっていいほど身に付いていなかったため、入試問題をひたすら解くという授業は恐らく今の自分には意味がない、自分はそのレベルに達していない、と思い河合塾をやめました。そして高2の9月から、両親にすすめられた嚮心塾に通うことを決めました。入塾した時点ではもう外大を第一志望に決めていたため、先生と話し合って高2の冬までは配点の大きな英語と苦手な数学を中心に勉強することにしました。受験勉強全体を振り返ると、英語の勉強が7割ほどを占めていたと思います。まずは文法書を読んで英文法を徹底的に、そのあとは構文をつかむという勉強をしていましたが、これらの勉強を進めていくうちに、自分がいかに英語を感覚的に読んでいたかに気付き、精読の大切さを実感しました。自分の中途半端な英語力を過信せず、一から正しいやり方で英語の勉強をし直せたことは、私の受験勉強において大きな成功点だったと思っています。
英語に関しては高2の3月にはセンター試験の過去問を解いていたため、そこそこ学習が進んでいました。8月前半にはセンター試験の過去問を解き終えたので、それ以降はいろいろな国公立の過去問を解くことを始め、それと並行して英作文を10月に始めました。しかし国語と地歴の勉強を本格的に始めたのは高2の3月、公民に関してはゼロからの状態で高3の4月からだったので間に合うかどうかが少し心配でした。とはいえ、英語が最重要科目であり、自分の英語力の伸びに自信がなかったため、共通テスト前までは英語重視の勉強をしていました。共通テストが近くなると、先生と科目ごとの勉強のバランスについてもう一度話し合いました。
私は他に行きたい大学がなく、外大しか受験しない、ここに合格できなければ浪人する、と夏前には決めていましたが、後になってみると、これは苦しい決断でもあったと思います。二次試験直前は、高校の友人からの早稲田大学や慶應義塾大学合格の報告を聞くたび、友人の合格を嬉しく思うと同時に、自分は他大学を受験していないため力試しができず、そして(当たり前のことではありますが)一校も合格を貰えていないため自分に自信を持って本命に望むことができないという現実に改めて直面して、試験の結果よりもむしろ自分のこの決断は本当に正しかったのかということに悩むことがありました。そもそもこれからの人生というものは妥協の連続で、皆思い通りに行かないことがあっても多少の妥協をすることで前に進んでいるのではないか、なのに私はこんなにも頑固に一つのことに拘っていていいものなのか、という疑問も頭の中に湧いてきて、自分の英語力への自信のなさも相まって、心が折れそうにもなりました。自分の精神面の強さについて過信していたのかもしれないと感じましたが、自分の決断には責任を持たなければいけないし、私が決めた自分なりのやり方に対して私だけは疑問を抱いてはいけない、余計なことを考えて諦める瞬間が来ることだけはいけない、自分が今諦めたらこの一年は誰が肯定してくれるんだ、と思ってとても必死でした。
受験が終わった今考えると、第一志望しか受験しないというやり方のメリットは、直前期に多くの学校の過去問を解く必要がなく、本命の対策に時間をたっぷりかけられることです。私の場合は過去問15年分を2周(難しいと感じたものは3周以上)する時間がありました。一方でデメリットは先ほども述べた通り、自分の実力を試せないことや、試験慣れしないことなどがあると思います。特に試験慣れすることは重要で、入試本番は普段の実力通りを出すのはとても難しいことなので(先生にいつもそう言われていました)、本番の緊張感の中で自分が最大限の力を発揮するにはどうしたらいいのかをよく知るためには、本命以外にもいくつかの学校を受けるほうがいいのかもしれないと個人的には思いました。
二次試験直前には、先生に毎日過去問の記述と英作文の添削をしていただいていましたが、その際、試験中の時間の使い方と、そしてもう少し自分に自信を持つことを繰り返し指摘されました。時間の使い方に関しては、先生と相談して、どの問題にどれくらい時間をかけるべきかということや、どのような順番で解けばより高得点を狙えるかなどを話し合い、それは過去問を解いていく中で随分改善されました。ですが、今年は出題形式が変わったことなどから本番にそのまま使える時間配分の練習はできず、自信はあまりないまま当日を迎えました。二次試験当日は差をつけなければいけないはずの英語が思うようにいかず、回答用紙を提出した瞬間から不合格を覚悟していました。世界史は得意な範囲からの出題だったのもあり、満点近く取れたという自信がありましたが、共通テストでも英語が好成績ではなかったため、やはり英語での失敗はカバーできないだろうと思っていました。結果が全く期待できなかったので、先生と話し合い、落ちたつもりでいようということで、試験の2日後から塾で勉強していました。結局、自分の英語力が外大受験のレベルに届いていたのかどうかがよく分からないまま、消化不良で本番が終わってしまったことに少し悔しい気持ちでした。正直気は乗りませんでしたが、とにかく勉強しようと思い、夏にやっていた英文解釈の参考書の復習をしました。6月にはじめた時はひたすら難しかった参考書がスラスラすすんで、この時はじめて自分は英語の実力をしっかり固めることができていたことに気付きました。(もう少しはやくこれに気付いて自信を持てればよかったのですが、、)
努力してきたことが無駄にはならなかったと分かって本当に嬉しかったです。ありがたいことに、後日合格を貰うことができましたが、二次試験が終わってから発表までの9日間がなければ、私はずっと自信をつける機会を見つけられないままだったと思うので、この期間も勉強しようと声をかけてくださった柳原先生には本当に感謝しています。
長くなりましたが、現役で第一志望の国立大学に合格する、ということは、嚮心塾で指導を受けていなければきっと不可能だっただろうと思います。高校2年生の春の時点では外大のレベルには全く届いていなかったであろう私の英語の実力を、合格できるまでに伸ばしてくださった柳原先生には感謝しかありません。勉強の内容だけでなく、試験中の時間の使い方などの細かい部分も先生から的確なアドバイスをいただいたおかげでここまでくることができました。塾生の皆が自分の目標への強い信念を貫いている、嚮心塾という自分にとって最適な環境で勉強ができたことは、本当にラッキーなことだったと思っています。
そしてこれから大学受験を迎える方々、皆さん一人一人の努力が実を結ぶことを心からお祈りしています。今後は学び多き四年間にしたいと思っています。本当にありがとうございました。
東京外国語大学言語文化学部ロシア・ウズベク・モンゴル学科合格(進学先)
私はこの4月から第一志望校の東京外国語大学に進学することが決まりました。今年受験した唯一の大学でした。
私は中学受験をして、大学附属の中高一貫校に通っていました。この学校は中学から英語教育に力を入れているのが売りで、英語の特別プログラムなどもたくさん用意されており、私はそこそこ楽しんで参加していました。とにかく英語の長文を読ませ、英語に慣れさせることが中心の授業だったため、文法はざっくりとしたことしか勉強していませんでしたが、試験は授業でやった英文を丸々暗記すればなんの問題もありませんでした。恥ずかしながら、私は"本質を理解しないままの丸暗記だけでどうにでもなる"試験で毎回高得点が取れるのをいいことに、(中学3年の時点で英検2級を取得していたのもありますが)中学時代は自分は英語がものすごく得意なんだろうと思い込んでいました。実際全くそんなことはなく、高校に上がると同時に、自分は別に英語ができるわけではなかったということを痛感しました。文法や語法の知識がきちんと身に付いていなかったためにしばしば躓くようになっていたからです。附属の大学には進学せず大学受験をする、と決めたものの、高校1年の間はろくに勉強をしていませんでした。英語は躓いたままでしたが、前より英語ができないな、という程度に考えてあまり気にしていませんでした。
受験勉強を始めたのは高校2年の4月からで、はじめは河合塾に通っていました。受験勉強とはいってもその時は英語だけで、一番上のクラスで受講していましたが、そもそも文法語法の基礎が全くといっていいほど身に付いていなかったため、入試問題をひたすら解くという授業は恐らく今の自分には意味がない、自分はそのレベルに達していない、と思い河合塾をやめました。そして高2の9月から、両親にすすめられた嚮心塾に通うことを決めました。入塾した時点ではもう外大を第一志望に決めていたため、先生と話し合って高2の冬までは配点の大きな英語と苦手な数学を中心に勉強することにしました。受験勉強全体を振り返ると、英語の勉強が7割ほどを占めていたと思います。まずは文法書を読んで英文法を徹底的に、そのあとは構文をつかむという勉強をしていましたが、これらの勉強を進めていくうちに、自分がいかに英語を感覚的に読んでいたかに気付き、精読の大切さを実感しました。自分の中途半端な英語力を過信せず、一から正しいやり方で英語の勉強をし直せたことは、私の受験勉強において大きな成功点だったと思っています。
英語に関しては高2の3月にはセンター試験の過去問を解いていたため、そこそこ学習が進んでいました。8月前半にはセンター試験の過去問を解き終えたので、それ以降はいろいろな国公立の過去問を解くことを始め、それと並行して英作文を10月に始めました。しかし国語と地歴の勉強を本格的に始めたのは高2の3月、公民に関してはゼロからの状態で高3の4月からだったので間に合うかどうかが少し心配でした。とはいえ、英語が最重要科目であり、自分の英語力の伸びに自信がなかったため、共通テスト前までは英語重視の勉強をしていました。共通テストが近くなると、先生と科目ごとの勉強のバランスについてもう一度話し合いました。
私は他に行きたい大学がなく、外大しか受験しない、ここに合格できなければ浪人する、と夏前には決めていましたが、後になってみると、これは苦しい決断でもあったと思います。二次試験直前は、高校の友人からの早稲田大学や慶應義塾大学合格の報告を聞くたび、友人の合格を嬉しく思うと同時に、自分は他大学を受験していないため力試しができず、そして(当たり前のことではありますが)一校も合格を貰えていないため自分に自信を持って本命に望むことができないという現実に改めて直面して、試験の結果よりもむしろ自分のこの決断は本当に正しかったのかということに悩むことがありました。そもそもこれからの人生というものは妥協の連続で、皆思い通りに行かないことがあっても多少の妥協をすることで前に進んでいるのではないか、なのに私はこんなにも頑固に一つのことに拘っていていいものなのか、という疑問も頭の中に湧いてきて、自分の英語力への自信のなさも相まって、心が折れそうにもなりました。自分の精神面の強さについて過信していたのかもしれないと感じましたが、自分の決断には責任を持たなければいけないし、私が決めた自分なりのやり方に対して私だけは疑問を抱いてはいけない、余計なことを考えて諦める瞬間が来ることだけはいけない、自分が今諦めたらこの一年は誰が肯定してくれるんだ、と思ってとても必死でした。
受験が終わった今考えると、第一志望しか受験しないというやり方のメリットは、直前期に多くの学校の過去問を解く必要がなく、本命の対策に時間をたっぷりかけられることです。私の場合は過去問15年分を2周(難しいと感じたものは3周以上)する時間がありました。一方でデメリットは先ほども述べた通り、自分の実力を試せないことや、試験慣れしないことなどがあると思います。特に試験慣れすることは重要で、入試本番は普段の実力通りを出すのはとても難しいことなので(先生にいつもそう言われていました)、本番の緊張感の中で自分が最大限の力を発揮するにはどうしたらいいのかをよく知るためには、本命以外にもいくつかの学校を受けるほうがいいのかもしれないと個人的には思いました。
二次試験直前には、先生に毎日過去問の記述と英作文の添削をしていただいていましたが、その際、試験中の時間の使い方と、そしてもう少し自分に自信を持つことを繰り返し指摘されました。時間の使い方に関しては、先生と相談して、どの問題にどれくらい時間をかけるべきかということや、どのような順番で解けばより高得点を狙えるかなどを話し合い、それは過去問を解いていく中で随分改善されました。ですが、今年は出題形式が変わったことなどから本番にそのまま使える時間配分の練習はできず、自信はあまりないまま当日を迎えました。二次試験当日は差をつけなければいけないはずの英語が思うようにいかず、回答用紙を提出した瞬間から不合格を覚悟していました。世界史は得意な範囲からの出題だったのもあり、満点近く取れたという自信がありましたが、共通テストでも英語が好成績ではなかったため、やはり英語での失敗はカバーできないだろうと思っていました。結果が全く期待できなかったので、先生と話し合い、落ちたつもりでいようということで、試験の2日後から塾で勉強していました。結局、自分の英語力が外大受験のレベルに届いていたのかどうかがよく分からないまま、消化不良で本番が終わってしまったことに少し悔しい気持ちでした。正直気は乗りませんでしたが、とにかく勉強しようと思い、夏にやっていた英文解釈の参考書の復習をしました。6月にはじめた時はひたすら難しかった参考書がスラスラすすんで、この時はじめて自分は英語の実力をしっかり固めることができていたことに気付きました。(もう少しはやくこれに気付いて自信を持てればよかったのですが、、)
努力してきたことが無駄にはならなかったと分かって本当に嬉しかったです。ありがたいことに、後日合格を貰うことができましたが、二次試験が終わってから発表までの9日間がなければ、私はずっと自信をつける機会を見つけられないままだったと思うので、この期間も勉強しようと声をかけてくださった柳原先生には本当に感謝しています。
長くなりましたが、現役で第一志望の国立大学に合格する、ということは、嚮心塾で指導を受けていなければきっと不可能だっただろうと思います。高校2年生の春の時点では外大のレベルには全く届いていなかったであろう私の英語の実力を、合格できるまでに伸ばしてくださった柳原先生には感謝しかありません。勉強の内容だけでなく、試験中の時間の使い方などの細かい部分も先生から的確なアドバイスをいただいたおかげでここまでくることができました。塾生の皆が自分の目標への強い信念を貫いている、嚮心塾という自分にとって最適な環境で勉強ができたことは、本当にラッキーなことだったと思っています。
そしてこれから大学受験を迎える方々、皆さん一人一人の努力が実を結ぶことを心からお祈りしています。今後は学び多き四年間にしたいと思っています。本当にありがとうございました。



